日本中の狐を殲滅してやる!戦国時代、稲荷大明神を恫喝した豊臣秀吉の末路が怖すぎる… (5/5ページ)
中でも伏見稲荷大社の正門は、秀吉自身が造営したと伝えられているほど、懇意であったはず。それだけに「我が愛しの豪姫を苦しめるとは何事か!」とばかりに、秀吉の怒りは爆発したのでしょう。
日本中の狐を殲滅するなどという物騒で子供じみた言葉が出てくるほど、秀吉が我を失い、怒り心頭であったことが伺われます。
そして祟りが・・・秀吉の狐に対する恫喝が効いたのか、その後豪姫の病状はみるみる回復しました。ところがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、狐への恫喝騒動からおよそ半年後。
秀吉、そして豪姫の実の父である前田利家と続け様に亡くなっています。秀吉の死因には諸説あり、農梅毒や大腸癌、そのほか感染症が原因であるとする説。
また毒殺であるという説も説かれていますが、その真相は闇の中です。
画像引用:写真AC
ただ分かっているのは、狐皆殺しと叫んだ秀吉が命を落としたという事実だけ。
今なお秀吉をご祭神とする豊国神社にも稲荷神社が鎮座しています。門を造営するほど蜜月の関係であったはずの秀吉とお稲荷さん。
猿と呼ばれた秀吉は、狐に化かされ、そのまま命まで落としたのでしょうか。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan