「大河べらぼう」にも登場!遊女屋の主人「忘八」が忘れた“八つの徳“とは?詳しく紹介

江戸時代、遊女屋を経営していた主人を「忘八(ぼうはち)」と言いました。
これは人として大切な八つの徳を忘れ去ったことに由来します。
八つの徳とは仁(じん)・義(ぎ)・礼(れい)・智(ち)・信(しん)・孝(こう)・悌(てい)・忠(ちゅう)。
と、ここまではよく聞く話ですが、それぞれ仁とは何?義ってどういうこと?と深入りした話はあまり聞きません。

あまりに当たり前すぎるから、あえて説明することもないのでしょう。
なので今回は、今さら聞けない八つの徳について、詳しく紹介してまいります。
仁(じん)とは何かわかりやすく言えば「愛情」です。人に対する思いやりや親切心など、人間が社会コミュニティを構築し、生活を送っていくために必要な「絆」とも言えるでしょう。
次の義と合わせた「仁義」は有名ですね。
以下、仁・義・礼・智・信の五要素を五常の徳と言います。
義(ぎ)とは何かわかりやすく言えば、我欲をおさえて物事の道理を守る「自制心」または「道理」そのものを指します。
道理とは我欲よりも公益を重んじること。互いに支え合わなくては社会を維持していけないからです。
つまり仁義とは、思いやりと支え合いに裏づけられる社会規範と言えるでしょう。
礼(れい)とは何かわかりやすく言えば「仁の実践マニュアル」です。
口先だけでなく、相手に仁の精神を伝えるためにはどのような振る舞いが求められるかを体系化しました。
元々は宗教上の禁忌(タブー)や伝統的な慣習をまとめたものが、次第に洗練されていきます。
智(ち)とは何かわかりやすく言えば「道理についての知識」。道理は単に知っているというだけでなく、実践を伴うことで初めて意味を持つものです。
頭でっかちだと役に立たないことは、今も昔も変わりませんね。
信(しん)とは何かわかりやすく言えば「言ったことは守る」態度。動物の鳴き声とは異なり、人間の言葉は意味があるものです。
(※動物の鳴き声については諸説ありますが、ここでは便宜上この前提とします)
言葉の意味に基づいて約束や絆が構築されて行きますが、言葉の意味を違えるならば、それは動物の鳴き声と変わりません。
人間を人間たらしめる言葉の重みを、行動によって保つことを信と言うのです。
孝(こう)とは何か現代でも親孝行などと言う通り、子供が親を思う(敬愛する)気持ちと、その実践を表しています。
現代でも自分より上の世代を尊属と呼ぶように、年長者を尊重することが道徳の基本とされました。
悌(てい)とは何か先の孝と似ていますが、これは親を除く年長者に敬愛の対象が広がります。
古来「長幼の序」と言う通り、昔から年長者を大切にすることが社会秩序の基本として評価されました。
昨今では「老害」なんて言葉もありますが、年齢を重ねても敬愛に値するよう、努め続けたいものですね。
忠(ちゅう)とは何か臣下が主君を大切にする精神を、古来忠義や忠誠と呼んできました。
忠という漢字は中の心と書くとおり、主君に対して裏表のない真心を示す様子を表しています。
たまにブラック企業の経営者や上司などが「俺に忠誠を誓え」みたいなことを言いますが、そんなことを言う時点で「自分はそれに値しない」と宣言しているも同じでしょう。
終わりに
とまぁこんな具合に、遊女屋の主人である忘八が忘れてしまった八つの徳について紹介してきました。
みんながみんなそうではなかったのかも知れませんが、徳なんて言っていたら生き残れない厳しさも伝わってくるようです。
果たしてNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では、色んな忘八たちが登場します。
彼ら彼女らにも守るべきものがあり、大切にしていた精神があったのでしょう。これからそれがどのように描かれるのか、楽しみに観ていきたいですね。
※参考文献:
加地伸行『儒教とは何か』中公新書、1990年10月 島田虔次『朱子学と陽明学』岩波新書、1967年5月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan