戦国時代、城主が自刃するような「落城」はほとんどなかった!?想像以上に地味だった落城劇の現実 (2/3ページ)

Japaaan

小谷城址の石碑(Wikipediaより)

この小谷城の落城は、お市が絶世の美女といわれることもあって落城劇の典型として語り継がれてきました。しかしこのようなドラマチックな落城劇は、戦国時代にもめったに起きなかったのです。

現実は「地味」な落城

そもそも城攻めは、攻める側にも守る側にも莫大な損害が出るものでした。信長や秀吉のような圧倒的な戦力と軍資金がなければ、なかなか踏み切れるものではなかったのです。

よって大抵の場合、城攻めの前に政治工作を行って敵の家臣を寝返らせるなど、相手陣営を切り崩すところから始まります。

それに成功して、相手陣営が弱体したのを確認してから初めて攻撃に出るというのが一般的なパターンだったのです。

また切り崩された方も、徹底抗戦してはお家壊滅の危険があります。戦況が不利なことを悟ったら和睦のための交渉に乗り出すか、城主は逃亡するというケースもありました。

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