鎖国を続けていた日本が明治時代になって超短期間で近代化できた5つの理由を解説 (2/3ページ)
それまでの日本の軍隊は武士が担っていましたが、この制度によって武士に限らず国民全体が軍隊を支える仕組みへと変わりました。
また、ドイツの軍隊の仕組みを参考にし、最新の武器や戦術を導入しました。その結果、日本の軍隊は急速に強くなり、日清戦争(1894~1895年)や日露戦争(1904~1905年)で勝利するほどの力を持つようになりました。
3. 「殖産興業」による経済の発展近代化を進めるには、軍事だけでなく経済の発展も必要でした。そこで政府は「殖産興業(しょくさんこうぎょう)」という政策を推進し、産業の発展を支援しました。日本で初めて鉄道が開通したのは1872年のことです。新橋~横浜間に敷かれた鉄道は、その後全国に広がり、人や物の移動が効率的になりました。
また、政府は官営の工場を設立し、繊維産業や製鉄業を支援しました。さらに、銀行や郵便制度も整えられ、日本の経済は急成長していきました。
4. 教育改革と人材の育成日本の近代化を支えるには、多くの知識を持った人材が必要でした。明治政府は「学制(がくせい)」を公布し、すべての子どもが学校に通うことを義務化しました。
それまでの日本では、武士や一部の裕福な人しか教育を受けることができませんでしたが、この制度により全国の子どもたちが読み書きや計算を学べるようになりました。
さらに、1877年には東京大学(現在の東京大学の前身)が設立され、高等教育も充実していきました。こうした教育の普及により、日本の発展を支える技術者や学者が次々と生まれました。
5. 西洋の知識を積極的に取り入れる「文明開化」日本の近代化が成功した理由のひとつに、「海外の知識を積極的に取り入れたこと」があります。政府は「岩倉使節団(いわくらしせつだん)」を欧米諸国へ派遣し、西洋の最新の技術や制度を学ばせました。
彼らはイギリスの鉄道、フランスの法律、ドイツの軍事制度など、各国の先進的な仕組みを研究し、それを日本に導入しました。
また、「文明開化」として西洋の文化も広まりました。