熱海から小田原まで160分!明治〜大正時代に活躍した「熱海軽便鉄道」の歴史をたどる (3/4ページ)
換気もできないので息苦しそうです。
客車の天井は低くて立つ時は中腰でなくてはならず、長時間の乗車は大変だったことでしょう。
蒸気機関車の馬力が弱かったため、急勾配の地点では後退しそうになったとも言います。
またグリップも悪かったのでレール上に枯葉が落ちていても滑って進めず、運転士がいちいち下りて拾わなければなりませんでした。
紅葉の季節とか、山中を走り抜けるのはさぞ大変だったことでしょうね。
大変だったのは乗客だけでなく、蒸気機関車の煤煙にうんざりした近隣住民が怒りのあまり蒸気機関車を襲撃した事件もあるそうです。
気持ちは分からないでもありませんが、蒸気機関車の構造上どうしようもなかったのではないでしょうか。
終わりに熱海軽便鉄道が廃止された後、7機関車は各地の鉄道建設工事に活躍します。
現在熱海駅前に展示されている車両は、兵庫県神戸市の国鉄鷹取工場に展示されていたものを昭和43年(1968年)に熱海市が払い下げてもらったのでした。
そして昭和51年(1976年)には準鉄道記念物に指定されています。
【熱海軽便鉄道7機関車データ】
車両の幅:1.39メートル
車両長さ:3.36メートル
車両高さ:2.14メートル
車両重量:3.6トン
車両時速:9.7キロ
車両定員:40~50名
※展示の案内板より。