大河ドラマ『べらぼう』に放蕩息子として登場!長谷川平蔵はどう出世した?鬼の平蔵 誕生秘話【後編】 (2/4ページ)

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また本所の屋敷は約1200坪もの広大な土地を有しており、その一部を町人に賃貸していたと思われます。

そうした財産があったからこそ、平蔵も遊里に通うことができたのでしょう。

御書院番から御進物番へ

さて、そんな放蕩三昧の日々を過ごしていた平蔵ですが、安永3年(1774年)に先祖代々の役職である西の丸御書院番となりました。

これは将軍の世継ぎ(のちの11代将軍徳川家斉)の警護役で、容姿端麗かつ行儀作法に通じていなくてはならないのが、着任の条件だったといわれています。それを平蔵はクリアしたわけです。

徳川家斉(Wikipediaより)

さらに翌年には、仮役ではありますが西の丸御進物番となりました。

これは諸大名から贈られてくる進物を受け取り、納戸に納める役職です。

と言っても単なる受け取り係ではありません。将軍へ取り次ぐ高官である「奏者番」に気に入られなくてはなりませんし、威儀を正して業務を行う必要があります。

この二つの役職で、平蔵の才能はいかんなく発揮されました。

ジンクスを破り異例の出世

ただ、ひとつだけ問題がありました。御進物番を務めた者は、その後に本番頭などには就くことはありえないとされていたのです。

つまり、そこで出世の道は行き止まりになるのが普通だったわけです。

ところが平蔵はこのジンクスを破り、その後も順調に出世を重ねていきました。

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