戦争が終われば今度はインフレ!現代にも通じる急激な物価高に人々はどう立ち向かったか?【前編】
インフレーションの発生
第二次世界大戦が終わり、経済が復興する過程では、しばしば激しいインフレーションが起こりました。インフレーションとは、貨幣が大量に流通することで貨幣価値が下落し、物価が高騰する経済現象です。
また反対に、物価が高騰することで相対的に貨幣の価値が低くなることもあります。現在の日本はそのような傾向がありますね。
かつては「デフレ脱却」が政治の重要課題として挙げられていましたが、今度は正反対のインフレが問題になっているわけです。経済はインフレやデフレに偏らないバランスが大切なのです。
超インフレによって「100兆ドル」となったジンバブエのドル紙幣(Wikipediaより)
国家規模の取り付け騒ぎさて、戦争中はさまざまな金融統制が行われたり、貯蓄が奨励されたりしましたが、戦争が終わればそのような歯止めがなくなります。
また、戦争に負けたということは、政府に対する信用が失われたということです。よってその政府が発行する紙幣に対する信用も急速に失われます。
そのため新しい紙幣が発行されて、今使っている紙幣が無効になってしまうのではないかと心配した国民が、一斉に預金を引き出そうとしました。
現代でも、金融機関の経営が不安定だと判明することで、預金者が一気に預金を引き出そうとする取り付け騒ぎが起きることがありますね。それが国家規模で発生したわけです。
その結果、終戦直後は貨幣の流通が一気に増大しました。
引き出された貨幣は、おもに生活必需品の購入にあてられます。
新橋にあったヤミ市。こうした場所で人々は物資を購入した(Wikipediaより)
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戦後日本の闇市で大人気!バカ売れした「残飯シチュー」やSMプレイのルーツ本「カストリ雑誌」終戦直後は、食糧をはじめとする物資が極端に少なくなっていました。こうなると「買えるときに買っておかなければ」という心理が働き、生きるためにどれほど高価でも買いたいと思うものです。
当時の人々は、将来の不安に備えて貯蓄するよりも、今日を生きるために貨幣を使わなければならなかったのです。
政府も「勅令」で対応また、政府の立場からすれば、敗戦により租税収入が激減しているので、とりあえずは国債を大量に発行して日本銀行に買い取ってもらい、復興のための資金を調達せざるを得ませんでした。
そういうわけで通貨が異常に膨張し、流通速度が一気に加速したためインフレーションが引き起こされたのです。
さらに、退職した軍人や軍関係者への退職金支払いのため、臨時軍事費が急増したこともインフレの一因となりました。
このような状況に対して、日本政府は強力なインフレーション収束策を打ち出しました。実際には単純なことではありませんが、基本的な考え方としては、膨張してしまった通貨を縮小させるわけです。
1946(昭和21)年2月17日、幣原内閣は緊急勅令により金融緊急措置令を発令しました。
当時はまだ新憲法がありませんでしたから、旧憲法(明治憲法)にもとづき、国会の議決を必要としない「勅令」という形で法律を定めることができたのです。
【後編】では、この時の金融緊急措置例の内容について具体的に解説します。
参考資料:執筆・監修阿部泉『明日話したくなるお金の歴史』清水書院、2020年
画像:photoAC,Wikipedia
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