大和政権による捏造!?古代日本「磐井の乱」は反乱か?史料から浮かび上がる九州地方の豪族の新たな姿【後編】 (1/3ページ)

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大和政権による捏造!?古代日本「磐井の乱」は反乱か?史料から浮かび上がる九州地方の豪族の新たな姿【後編】
磐井の墓が語るもの

【前編】では磐井の乱の経緯とその疑問点について説明しました。

古代日本「磐井の乱」は反乱か?大和政権による捏造か?史料から浮かび上がる九州地方の豪族の新たな姿【前編】

【後編】ではその解釈について見ていきましょう。

磐井の乱の真相を探る手掛かりが、磐井の墓とされている福岡県八女市の岩戸山古墳に存在しています。

全長176メートルのこの前方後円墳は九州最大級のもので、一地方豪族の墓にしては豪華すぎるこの古墳は、磐井がどれほどの権力を持っていたかを物語っていますね。

『筑後国風土記』の逸文によると、墓には石人や石馬、盗人を尋問する場面が再現されており、まるで現代の博物館の展示のようです。

さらに「生前に墓を造った」ともあり、これは寿墓と呼ばれる特別なものです。古代日本では、こうした寿墓は仁徳天皇蘇我氏のような大物しか造れなかったことを考えると、磐井の地位の高さが伺えます。

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