箸墓古墳は”卑弥呼の墓”で決まりか?日本最大・最古クラスの古墳の秘密に最新学説が迫る【前編】 (3/3ページ)
かろうして『日本書紀』の神功皇后の条には「魏志倭人伝」(「魏志」東夷伝倭人条)を引用して倭王が朝貢したことを伝えていますが、『日本書紀』は神功皇后を卑弥呼に見立てているため、卑弥呼の名は記していません。
卑弥呼や邪馬台国のことを伝えているのは「魏志倭人伝」だけであり、それによると、紀元247年に卑弥呼が亡くなり、大きな墓を築いたといいます。
しかし卑弥呼は弥生時代の人物であり、古墳時代はその後です。箸墓古墳が造営されたのが古墳時代だとすると、卑弥呼が活躍した時代と整合性が取れません。
箸墓古墳は卑弥呼の墓ではない、という説を採る研究者は、この時代の不一致を根拠とするわけです。
では、この問題点はどのように考えられるのでしょうか。それについては【後編】で説明します。
参考資料:日本歴史楽会『あなたの歴史知識はもう古い! 変わる日本史』宝島社 (2014/8/20)
画像:Wikipedia
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