かつて日本に存在した「蝦夷共和国」実は共和国ではなかった!?総裁・榎本武揚の真意はどこにあったのか (2/3ページ)
これを受けて、イギリスやフランスなどの列強各国は、同共和国を「事実上の政権(デ・ファクト)」と認めます。12月5日には選挙によって榎本が総裁に選ばれ、蝦夷共和国が樹立されたのです。
当時、横浜から欧米に向けて発行されていた英字新聞「ジャパンタイムズ・オーバーランド・メイル」は、1869年2月13日(太陰暦で明治2年1月2日)付けの記事で「徳川脱藩家臣団が共和国樹立を宣言」と書いています。
しかし、榎本によって樹立された蝦夷共和国は、1869年5月、明治新政府軍の総攻撃によってあえなく降伏します。蝦夷共和国の寿命は約半年に過ぎませんでした。
独立国家を目指してはいなかったさて、ここまでの経緯は多くの人が御存じの通りですが、実は榎本が樹立した蝦夷共和国について、近年、これは真の共和国ではないという指摘があります。
北海道大学名誉教授の田中彰は自著の『明治維新』(講談社学術文庫)の中で、この共和国は「戊辰戦争の最後の拠点をここに求めた、旧幕臣を中心とした『サムライだけ』の『共和国』にほかならなかった」と述べています。
確かに、榎本は江戸を脱出する前に「徳川家臣大挙告文」という趣意書を起草しています。
