全文読まなきゃ勿体ない!伝説の海軍参謀・秋山真之の文才が光る「聯合艦隊解散之辞」の現代語訳を紹介【坂の上の雲】

Japaaan

全文読まなきゃ勿体ない!伝説の海軍参謀・秋山真之の文才が光る「聯合艦隊解散之辞」の現代語訳を紹介【坂の上の雲】

NHKドラマ「坂の上の雲」皆さんは観たことがありますか?

……誠に小さな島国が、開化期を迎えようとしていた……

このナレーションを聞くたび、日露戦争を駆け抜けた秋山好古(阿部寛)と秋山真之(本木雅弘)兄弟、そして病床六尺で懸命に生き抜いた正岡子規(香川照之)の姿が目に浮かびます。

本編について語り出すとキリがないので、今回は秋山真之が起草した「聯合艦隊解散之辞(れんごうかんたい かいさんのじ)」を紹介。

秋山真之の才知が光る名文として、劇中でも一部が紹介されていましたが、ぜひ一度は全文を読み通して頂きたいのです。

なぜか?その理由は、読み通した後に皆さんの胸中に刻まれることでしょう。

「聯合艦隊解散之辞」が書かれた歴史的背景

日本海海戦に臨む東郷平八郎ら(画像:Wikipedia Public domain)

時は明治38年(1905年)9月5日。大日本帝国(現代の日本)は1年8ヶ月という永きにわたるロシア帝国との苦闘(いわゆる日露戦争)を制し、おびただしい血と汗と涙を流した末に勝利をつかみとりました。

帝国海軍では、日本海海戦(対馬沖海戦。同年5月27日)において世界最強と謳われたバルチック艦隊を撃破し、日本の辛勝に貢献した連合艦隊(聯合艦隊)を解散させ、平時配備に戻すこととなります。

※ちなみに昭和20年(1945年)の敗戦以前は、対馬沖海戦の勝利を記念して5月27日を「海軍記念日」という祝日としていました。

そこで連合艦隊司令長官たる東郷平八郎が、全将兵に対する訓示(スピーチ)を述べることになります。

それが「聯合艦隊解散之辞」であり、海軍随一の切れ者であった秋山真之が、その原稿を起草したのでした。

前置きはこのくらいにして、さっそく「聯合艦隊解散之辞」本文を紹介しましょう。

「聯合艦隊解散之辞」原文ルビ付き

秋山真之(画像:Wikipedia Public domain)

まずは原文をルビつきで紹介します。読むのが面倒ならば読み飛ばしてもいいのですが、出来れば黙読するだけでも、明治人の高い教養を感じられるでしょう。

二十閲月(えつげつ)ノ征戰(せいせん)已(すで)ニ往事(おうじ)ト過ギ、我ガ聯合艦隊ハ今ヤ其ノ(その)隊務ヲ結了(けつりょう)シテ茲(ここ)ニ解散スル事トナレリ。

然(しか)レドモ我等海軍々人(かいぐんぐんじん)ノ責務ハ決シテ之(これ)ガ爲ニ輕減セルモノニアラズ。

此ノ(この)戰役(せんえき)ノ收果(しゅうか)ヲ永遠ニ全ウシ、尚益々國運(こくうん)ノ隆昌(りゅうしょう)ヲ扶持(ふじ)センニハ、時ノ平戰(へいせん)ヲ問ハズ、先ヅ(まず)外衞(がいえい)ニ立ツベキ海軍ガ常ニ其ノ武力ヲ海洋ニ保全シ、一朝(いっちょう)緩急(かんきゅう)応ズルノ覺悟アルヲ要ス。

而シテ(しこうして)武力ナル物ハ艦船兵器等ノミニアラズシテ、之(これ)ヲ活用スル無形ノ實力(じつりょく)ニアリ、百發百中ノ一砲(いっぽう)能ク(よく)百發一中ノ敵砲百門ニ對抗(たいこう)シ得ルヲ覺ラバ、我等軍人ハ主トシテ武力ヲ形而上(けいじじょう)ニ求メザルベカラズ。

近ク我ガ海軍ノ勝利ヲ得タル所以(ゆえん)モ、至尊(しそん)ノ靈徳(れいとく)ニ頼ル所多シト雖モ(いえども)、抑(そもそも)亦(また)平素ノ錬磨(れんま)其ノ因(そのもと)ヲ成シ、果(か)ヲ戰役ニ結ビタルモノニシテ、若シ(もし)既往ヲ以テ將來ヲ推ス(すいす、おす)トキハ、征戰息ム(やむ)ト雖モ安ンジテ休憩ス可(べ)カラザルモノアルヲ覺ユ。

惟フ(おもふ)ニ武人ノ一生ハ連綿不斷(れんめんすだん)ノ戰爭ニシテ、時ノ平戰(へいせん)ニ由リ(より)其ノ責務ニ輕重(けいちょう)アルノ理(ことわり)ナシ。

事有レバ武力ヲ發揮(はっき)シ、事無ケレバ之(これ)ヲ修養シ、終始一貫其ノ本分ヲ盡サン(つくさん)ノミ。

過去ノ一年有半彼ノ風濤(ふうとう)ト戰ヒ、寒暑ニ抗シ、屡々(しばしば)頑敵(がんてき)ト對シテ生死ノ間ニ出入セシコト固(もと)ヨリ容易ノ業ナラザリシモ、觀(かん)ズレバ是レ亦長期ノ一大演習ニシテ之ニ參加シ幾多(いくた)啓發(けいはむ)スルヲ得タル武人ノ幸福比(ひ)スルニ物無シ。

豈(あに)之ヲ征戰ノ勞苦トスルニ足ランヤ。

苟(いやしく)モ武人ニシテ治平ニ偸安(とうあん)センカ、兵備ノ外觀毅然タルモ宛モ(あたかも)沙上ノ樓閣(さじょうのろうかく)ノ如ク、暴風一過忽チ(たちまち)崩倒(ほうとう)スルニ至ラン。洵(まこと)ニ戒ムベキナリ。

昔者(むかしは)、神功皇后(じんぐうこうごう)三韓(さんかん)ヲ征服シ給ヒシ以來、韓國(朝鮮半島)ハ四百餘年間、我ガ統理ノ下(もと)ニアリシモ、一タビ海軍ノ廢頻(はいたい)スルヤ忽チ之ヲ失ヒ、又近世ニ入リ、徳川幕府治平ニ狃(な)レテ、兵備ヲ懈(おこた)レバ、舉國(きょこく、くにをあげて)米艦數隻ノ應對ニ苦シミ、露艦亦千島樺太ヲ覬覦(きゆ)スルモ、之ト抗爭スルコト能ハザル(あたわざる)ニ至レリ。

飜ツテ(ひるがえって)之ヲ西史ニ見ルニ、十九世紀ノ初メニ當リ、ナイル及ビトラファルガー等ニ勝チタル英國海軍ハ、祖國ヲ泰山(たいざん)ノ安キニ置キタルノミナラズ爾來(じらい)後進相襲ツテ(あいおそって)能ク其ノ武力ヲ保有シ世運ノ進歩ニ後レザリシカハ、今ニ至ル迄(まで)永ク其ノ國利ヲ擁護シ國權ヲ伸張スルヲ得タリ。

蓋シ(けだし)此ノ(かくの)如キ古今東西ノ殷鑑(いんかん)ハ爲政ノ然シカラシムルモノアリト雖モ主トシテ武人ガ治ニ居(あり)テ亂ヲ忘レザルト否(いな)トニ基(もとづ)ケル自然ノ結果タラザルハ無シ。

我等戰後ノ軍人ハ、深ク此等ノ實例ニ鑑ミ(かんがみ)、既有(きゆう)ノ錬磨(れんま)ニ加フルニ戰役ノ實驗ヲ以ツテ、更ニ將來ノ進歩ヲ圖リテ時勢ノ發展ニ後レザルヲ期セザル可カラズ。

若シ夫レ常ニ、聖諭(せいゆ)ヲ奉體(ほうたい)シテ、孜々(しし)奮勵(ふんれい)シ實力ノ滿ヲ持シテ放ツベキ時節ヲ待タバ、庶幾バ(こいねがわば)以テ永遠ニ護國ノ大任ヲ全ウスル事ヲ得ン。

神明(しんめい)ハ唯平素ノ鍛錬ニ力メ(つとめ)戰ハヅシテ(戦わずして)既ニ勝テル者ニ勝利ノ榮冠ヲ授クルト同時ニ、一勝ニ滿足シ治平ニ安ンズル者ヨリ直(ただち)ニ之ヲ褫フ(うばう)。

古人曰ク(いわく)勝ツテ兜ノ緒ヲ締メヨト。

明治三十八年十二月二十一日 聯合艦隊司令長官 東郷平八郎

「聯合艦隊解散之辞」現代語訳

連合艦隊司令長官・東郷平八郎(画像:Wikipedia)

20ヶ月にわたる征伐戦争は既に過去のこととなり、我が連合艦隊は今やその任務を完了し、ここに解散することとなった。

しかし我ら海軍軍人の責務は、連合艦隊の解散によって軽減されるものではない。

今回の戦争で収めた成果を永遠に活かし、なおますます日本の国運を盛んに保つために支えるためには、平時であろうと戦時であろうと、まずは日本の防衛最前線に立つ海軍が武力を発揮して領海を守り、ひとたび有事が起これば即座に応じる覚悟が必要である。

武力とは単に軍艦や兵器など形あるハード面のみではなく、それらを活用する無形の実力つまりスキルや経験などソフト面こそ重要である。

百発百中の大砲1門は、百発一中(100発撃ってようやく一発当たる)の大砲100門に対抗できることを知っているならば、我ら軍人はソフト面の武力(を養う訓練)を重視しない訳にはいかない。

今回我が海軍がバルチック艦隊に勝利できたのは、もちろん天皇陛下の御威光によるところが大きい。しかし平素からの訓練がその御威光を最大限に活かし、戦果に結びつけたのである。

過去の教訓から未来を推し量るのであれば、遠からずまた戦争が始まるのであるから、ひとたび戦争が終わったからと言って気を抜く訳にはいかない。

思うに武人の一生というものは、生まれてから死ぬまで絶えず戦場にいるようなものだから、戦争があろうとなかろうと責務が軽くなったり重くなったりすることはない。

有事に臨んでは武力を発揮し、平穏無事なら武力を修養し、終始一貫して軍人たる(祖国の平和と独立を守る)本分を尽くすだけである。

この一年半というもの、風や波と戦い、寒さや暑さに耐え抜き、しばしば強敵と対決して生死の狭間をくぐり抜けたことは、もちろん容易なことではない。

しかし考えてみれば、これらの体験は長きにわたる一連の大規模演習のようなものである。この絶好の機会を得て多くの知恵と経験を得たことは、武人として比べようのない幸せと言えるだろう。どうしてこれを戦争の苦労だなどと思うであろうか。

いやしくも武人たる者、平和をむさぼるようなことがあってはならない。そのようにたるんでいては、どれほど立派な装備を揃えていようと、まるで砂上の楼閣みたいなもの。暴風が吹き荒れれば、たちまち崩れ去ってしまうであろう。誠に自戒しなくてはならない。

その昔、神功皇后が三韓征伐によって朝鮮半島の国々を4世紀余にわたり従えてきたが、ひとたび海軍が衰えると、たちまち支配権を失った。

また江戸時代に入り、徳川幕府は平和に慣れすぎて武備を怠った結果、黒船が数隻来ただけで国を挙げて大騒ぎする始末。またロシアが千島列島や樺太を狙っているにもかかわらず、これに対して何ら有効な対策を講じられなかった。

ひるがえって西洋の歴史を見ると、19世紀の初め頃、ナイル川やトラファルガーの海戦でフランス海軍を撃破した英国海軍は、祖国に泰山のような安定感をもたらし、それだけでなく海軍力を後代に伝えて世界の進歩に遅れず、今日に至るまで英国の利益を護り、国権を伸ばした。

このような古今東西の教訓は政治の道理を示すものであると言えども、主として武人が治にあって乱を忘れていないかそうでないかに基づく自然の結果でないものはない。

我ら戦後の軍人は、深くこれらの実例に鑑み、既に備えた実力を更に鍛えるため、今回の戦争を通して得た実体験をもって、更に将来的な進歩を図り、世界情勢の発展に後れをとらないないよう努めなければならない。

常に天皇陛下のお言葉を奉り、日々努力し、実力を養いこれを発揮すべき時が来たら、日本を護る大任をまっとうできるよう希う。

天の神様はただ、日頃から訓練を重ねて戦う前から既に勝っている者に対して勝利の栄冠を授ける。これと同時に、一勝に満足して平和を貪る者からは、ただちに勝利を奪い去る。

昔の人も言ったではないか。「勝って兜の緒を締めよ」と。

明治38・1905年12月21日 連合艦隊司令長官 東郷平八郎

「聯合艦隊解散之辞」用語解説 至尊ノ靈徳(しそんのれいとく):天皇陛下の御威光。 豈(あに):どうして~だろうか。 偸安(とうあん):目先の快楽をむさぼること。 沙上ノ樓閣(さじょうのろうかく):砂上の楼閣。 神功皇后(じんぐうこうごう):三韓征伐で有名な応神天皇の母。 米艦數隻(べいかんすうせき):ペルリによる黒船来航。 覬覦(きゆ):分不相応な野望。侵略の企み。 ナイル:英国海軍のネルソン提督がフランス海軍を撃破した海戦。 トラファルガー:同じく。 泰山(たいざん):中国大陸の聖山。その威容から安定感を象徴する。 殷鑑(いんかん):殷王朝が滅亡した故事、歴史の教訓。 聖諭(せいゆ):聖なるお言葉。天皇陛下の詔(みことのり)。 奉體(ほうたい):深く承って心身に銘じること。 孜々(しし):たゆまぬ様子。 神明(しんめい):至高の存在。天照大御神(あまてらすおおみかみ)。 戰ハヅシテ既ニ勝テル者:『孫子』謀攻編より。

なかなか現代では馴染みの薄い、堅苦しい言葉がビッシリと並んでいますね。

見るからに読みにくそうで、つい敬遠してしまうのも解らなくはありません。

しかし読んでみると、明治日本人の気高さと品性に少しでも触れられるようで、えも言われず気分が高揚するものです。

なので、よかったら少しでも読んでみるのも一興でしょう。

終わりに

今回は秋山真之が起草した「聯合艦隊解散之辞」を紹介させていただきました。

天の神は平和に甘んじ、貪る者からこれを奪う。平和と独立は決してタダではないことを、現代の私たちに訴えているようです。

明治人の品格と誇り、そして平和を求め続けた闘いを偲ばせる名文として、末永く伝えられていくことでしょう。

※参考文献:

半藤一利ら『日本海海戦かく勝てり』PHP研究所、2004年3月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「全文読まなきゃ勿体ない!伝説の海軍参謀・秋山真之の文才が光る「聯合艦隊解散之辞」の現代語訳を紹介【坂の上の雲】」のページです。デイリーニュースオンラインは、連合艦隊秋山真之日本海海戦対馬沖海戦大日本帝国海軍カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る