大河『べらぼう』蔦屋重三郎・瀬川・鳥山検校、それぞれの「夢噺」と「苦悩」を回想しつつ考察【後編】

NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」のサブタイトル「蔦重栄華乃夢噺」は、当初から「どのような意味が込められているのか?」と話題になっていました。
出版ビジネスで成功し栄華を掴んでいく主人公の蔦屋重三郎(横浜流星)の夢、吉原の妓楼主や遊女たちの夢、絵師や作家のモノづくりの夢、蔦重を思い続けたいと願う瀬川(小芝風花)の夢、そんな瀬川の本当の心を手に入れたいと願う鳥山検校(市原隼人)の夢……
ドラマでは、そんなさまざまな人たちの「夢」とそれを実現するための「苦悩」がテーマとして流れていると思います。
【前編】では「これはドラマの副題回収か!?」と話題になった蔦重のエピソードや、瀬川の切ない夢などを考察してみました。
※【前編】の記事↓
【後編】では、瀬川を身請けした鳥山検校の「夢」と「苦悩」をご紹介したいと思います。

蔦重が渾身の力で出版し瀬川に送った豪華な「青楼美人合姿鏡」勝川春章
瀬川が心に秘めた夢が鳥山検校を苦しめる当道座(男性盲人の自治的職能互助組織)のトップに君臨し、権力も莫大な財産も手に入れた鳥山検校ですが、長い間、一人暗闇の中で孤独に過ごしてきたのではないでしょうか。
座敷で、目の見えない自分に吉原の掟を破って「本の読み聞かせ」をしてくれた花魁・5代目瀬川に初めて出会い、優しさ・機転・知性などに、顔や姿を見ることはできなくても惚れてしまいました。
芝居や本の話など会話をしていて楽しい瀬川は、初めて鳥山検校の暗闇の人生に「光」を差し「夢」を与えた人物なのだと思います。
そんな瀬川と一緒に過ごしたくて、1400両(1億4000万円程度)もの破格の金額で身請けし、瀬以と名乗らせ「若奥様」として迎えた鳥山検校は、夢を叶えたかのように見えます。

お座敷で本の読み聞かせでもてなす瀬川に喜ぶ鳥山検校。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
身近にいてもらう夢は叶えども…けれども、どこか自分への接し方に花魁時代のような距離感を覚え「自分のものにしたはずなのに遠くにいる」ような感じがしていたのでしょう。
ある日、所用で検校宅を訪れた蔦重と瀬以が久々の再会に喜び、遠慮のない会話を弾ませている様子を立ち聞きしてしまいます。さらに、今まで鳥山検校が聞いたこともない瀬以の無邪気な笑い声を耳にしてから、検校の苦悩はより深くなっていきました。
蔦重が去った後に瀬以の手首を握り脈が早くなっていることに気が付き指摘するも、
「旦那様にこのように触られては…」とやんわりごまかす瀬以。
「あなたに手首を触られているからドキドキしているのですよ」といういかにも遊女の手練手管という風な言い訳をされて、鳥山検校は怒りとともに寂しさを覚えたと思います。

江戸っ子らしい弾む会話を楽しむ蔦重と瀬川のイメージ ac-illust
せっかく瀬以と出会い、暗闇だけだった人生に「光」が差し寄り添ってくれる人ができたという喜びも束の間、またもとのひとりぼっちの暗闇に戻された気分だったのではと思います。
金では買えない「心」を手に入れたかった検校の夢瀬以を喜ばせようと、家に着物や装飾品のかんざしを扱う業者を呼び寄せ「好きなものを買いなさい」というも、「ならば、吉原の松葉屋にいる遊女たちに着物を買ってください」と瀬以に頼み込まれてしまいます。
いつまでも吉原への想いを忘れない瀬以にがっかりしたのか「どうせ私にはお前の姿は見えないし」と言い、瀬以の要望通りに松葉屋に反物を届けるのでした。

さらに、瀬以のために書庫にたくさんの本を並べて「本が好きだったな」という鳥山検校。最初は「わぁ〜」と華やかな喜びの声をあげる瀬以に、検校も嬉しそうに微笑んでいましたが、瀬以の「これなら退屈しないで済みます」という一言に表情がさっと曇りました。
鳥山検校は、ただ単純に読書家の瀬以のために本を集めたのではないでしょう。
「また初めて出会ったときのように瀬以に読み聞かせをしてもらい、二人で楽しく過ごしたい」という夢があったはずです。
そこには全く気が付かない「退屈しないで済みます」の瀬以の言葉には深く傷付いたことでしょう。人の感情や想いを察知する能力に長けている鳥山検校は、鋭すぎてどんどん自分を追い詰めていくように見えます。

瀬川花魁が初めて読み聞かせで鳥山検校をもてなした『金々先生栄花夢』の作者・恋川春町wiki
そして蔦重と瀬以が不貞関係にあるのではないかという妄想に苛まれ、瀬以を書庫に閉じ込めた挙句に、部下に荷物を調べさせ、持ち物の本がすべて蔦重に関わる本ばかりだったことを知ります。
検校は、瀬川の心の中にいるのは、花嫁道中で大門を出るときに後で威勢のいい掛け声で「青楼美人合姿鏡」の宣伝をしていたあの男、自宅に来たときに「本屋だ」と名乗っていたあの男、つまり不貞の相手は、蔦谷重三郎なのだろうと決め付けます。
厳しい口調で瀬川に「関係があるのだろう」と詰め寄りますが、瀬川はきっぱりと不貞は否定しました。
「いくら金を積まれても、心は売らぬ。そういうことであろう」「お前は骨の髄まで女郎だな」というきつい言葉を瀬川に投げかける鳥山検校。
瀬川を傷付ける言葉を投げかけておきながら、その言葉に鳥山検校自身が傷付いているようにもみえました。

瀬川の不貞を疑い厳しい言葉を投げつける鳥山検校。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
「蔦重はわっちにとって光でありんした。」その言葉に、腹を括った瀬川は花魁時代の昔の廓言葉に戻ります。そこにいるのは瀬以ではなく、男前の5代目花魁瀬川でした。
「仰せの通りでござりんす。」「蔦重はわっちにとって光でありんした。あの男がおるならば、吉原に売られたことも悪いことばかりではない。ひとつだけはとてもいいことがあった。そう思わせてくれた男にござりんした。」
「重三を斬ろうがわっちを斬ろうがその過去を変えることはできんせん。」
と今までの取り繕ったような態度は捨てて、思い切り本音を語ります。さらに、そんな自分の態度が検校をいつも傷付けていることも誤るのが、察しがよく正直な瀬川らしいところ。
「主さんこそ、わっちをこの世の誰より大事にしてくださるお方。人の心を察し過ぎる主さんを、わっちのいちいちが傷つけているということも」。
暗闇の中で孤独を感じていた鳥山検校自身にとって、この瀬川のセリフは胸に響いたことでしょう。
彼自身が瀬川と出会い、彼女が「光」だと感じ、一緒に暮らすうちに自分のことだけを想い人生に寄り添ってくれるという「夢」を見ていたのですから。

地位も名誉もお金も手に入れているのに、どうしても手に入らない瀬川の心。
瀬川を大切に想う気持ちは分かってくれていたけれど、抱いてもらえるのは「感謝の気持ち」であって「男として愛してくれる」のではないことがはっきりと分かってしまいます。
検校の持っている小刀を胸にあて、自分の言葉を信じられぬなら「わっちの心の臓を奪っていきなんし」と泣きながら訴える瀬川を呆然と見つめる鳥山検校。
二人が一緒になって、初めて瀬川の本音、本心を聞くことができたものの、瀬川の心から蔦重を追い出し自分だけにしたいという夢は「もはや叶わない」と諦めたようにも見えました。

次回、ドラマでは幕府による当道座の厳しい取り締まりを受けて、検校と瀬川は捕まってしまいます。
もしその一件がなければ、やっと本音をぶつけ合えた夫婦として二人の距離は縮まったのではないか、辛い自分の人生に「光」や「夢」を与えてくれた相手を忘れられないという瀬川の蔦重に対する想いは、そのまま検校が瀬川に感じている想いなので、折り合って寄り添って暮らせるのではないかなど、いろいろと考えてしまいます。
これから、蔦重・瀬川・鳥山検校の夢や苦悩が、どう変化してくのか見守りたいと思います。
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