幻と消えた平清盛の夢…わずか半年で消滅した「福原京」への遷都の経緯とその失敗の理由【前編】 (3/3ページ)
清盛も、この例にならって、藤原氏や院の権威を象徴する平安京を去ることで新たな治世を印象づけようとしたのでしょう。
福原は、出家して(表向きは)政界から退いた清盛が住んだ地で、平氏の権勢を支えた日宋貿易の拠点・大輪田泊にも近い土地です。
高橋名誉教授は、清盛が遷都前年に貿易で入手した「太平御覧」を、即位前の安徳に贈ったことにも着目します。これは中国・宋の皇帝の命で編さんされた百科事典で、君主の知識が詰まっていました。いわば帝王学のテキストです。
「福原を拠点に東アジアに目を開い天皇とそれを支える平氏。清盛は、そんな新王朝を思い描いたのではないでしょうか」と高橋名誉教授。【後編】では、そんな福原京の末路について説明します。
参考資料:
中央公論新社『歴史と人物20-再発見!日本史最新研究が明かす「意外な真実」』宝島社(2024/10/7)
画像:photoAC,Wikipedia
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