もし明治時代に女子教育がなかったら、今の日本は…… 日本の女子教育の始まりと働く女性の登場 (2/4ページ)
女子も初等教育を受けられるようになり、文字を読んだり書いたりすることを学びました。また、1879年には東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)が設立され、女性の先生を育てる教育も始まりました。
しかし、当時の女子教育は「社会で活躍するため」ではなく、「良い妻や母親になるため」のものとされていました。学校では国語や算術のほかに、裁縫や料理、礼儀作法など、家庭を支えるための授業が多く行われました。女性が社会で活躍するための教育は、まだ十分に進んでいなかったのです。
一方、明治時代には工場が増え、女性が働く機会も広がりました。特に繊維工場や製糸工場では多くの女性が働くようになり、群馬県の富岡製糸場では最新の技術を学びながら働く女性たちの姿が見られました。
しかし、労働環境は厳しく、長時間労働や低賃金の問題もありました。それでも、女性が経済活動に参加する機会が増えたことは、社会の中で女性の役割を広げる大きなきっかけとなりました。
明治時代の終わりごろになると、「女性ももっと自由に生きるべきではないか」と考える人々が出てきました。その代表的な人物が平塚らいてう(ひらつからいちょう)です。