ぜひ我が妻に!戦国武将・鍋島直茂が一目惚れしたワイルドすぎる女性「彦鶴」のエピソード

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ぜひ我が妻に!戦国武将・鍋島直茂が一目惚れしたワイルドすぎる女性「彦鶴」のエピソード

よく結婚相手を選ぶ条件として「家庭的な女性がいい」などを挙げる方がいます。

女性が家事を担当すべきという価値観には賛否ありますが、男女を問わず家事能力が高いに越したことはありません。

今回は肥前国(佐賀県・長崎県)の戦国武将・鍋島直茂(なべしま なおしげ)が惚れた女性のエピソードを紹介。

直茂は彼女がイワシを焼く姿に惚れたそうですが、果たしてどんな焼き方をしたのでしょうか。

彦鶴のプロフィール

彦鶴と納富信澄(イメージ)

今は昔し、彦鶴(ひこづる)という女性がおりました。

彼女は肥前国佐嘉郡与賀郷飯盛村(佐賀県佐賀市)の飯盛城主である石井兵部大輔(いしい ひょうぶのだいゆう)こと石井常延(つねのぶ)の娘です。

もと納富治部大輔(のうどみ じぶのだいゆう)こと納富信澄(のぶずみ)に嫁ぎ、一人娘(のち慈光院)を授かりました。

しかし永禄9年(1566年)に夫が討死してしまい、やむなく娘を連れて実家に帰ります。

そんなある時、主君の龍造寺隆信(りゅうぞうじ たかのぶ)が石井兵部の居城である飯盛城へ立ち寄りました。

ちょうど昼飯時だったので、石井兵部は城の女房たちに鰯を焼いて振る舞うように指示します。

何百尾の鰯を一気に焼き上げる

イメージ

さぁ台所はてんやわんやの大騒ぎ。なんせ龍造寺隆信は何百、何千の軍勢を率いていたものですから、城じゅうの炭を焚いても間に合いません。

なかなか鰯が焼けずにいたところを、彦鶴はのれんの陰から見ていました。

しかしとうとう我慢し切れず、彦鶴は台所へ飛び出しました。

「そなたら、左様なことでは日が暮れてしまう。わらわにお貸しっ!」

彦鶴は言うが早いか、すべての竃(へっつい。かまど)から炭と言う炭をすべて掻き出します。

「左様なことをされては、鰯が焼けませぬ」

「いいから黙って見ておいで!」

次に彦鶴は何百尾はあろう鰯を炭の上に転がし、大きな団扇(うちわ)で力の限りに扇ぎ立てました。

「あぁ、鰯に炭がついてしまいます」

「黙らっしゃい!」

一気に火力が上がったことで鰯に火が通り、たちまち数百尾の鰯が焼き上がります。

「さぁ、箕(み)をお貸しっ!」

竹で編んだ箕を炭の中に突っ込み、ガサガサと鰯をすくい出しました。

「鰯に炭がついております」

「大の男がそんなこと気にしておれませぬ。さぁ次を焼きますよ!」

こんな具合でどんどんと鰯を焼き上げ、すっかり全軍に鰯を配り終えたのです。

終わりに

高伝寺蔵 鍋島直茂肖像

このワイルドすぎる鰯の焼き上げぶりに一目惚れしたのが鍋島直茂。

「斯様な女子(おなご)を、ぜひ妻に娶りたい……っ!」

物陰からトゥンク(胸がときめく擬音)してしまった直茂は、それからと言うもの飯盛城へ通いつめ、ついに彦鶴を正室へ迎えたのでした。

めでたしめでたし。

四二 陽泰院様は、御前夫納富(のうどみ)治部大輔殿御討死以後、石井兵部殿飯盛の屋敷に御座なされ候。或時、隆信公御出陣御供の衆、兵部大輔御方へ立ち寄られ、辨當(弁当)つかひ申され候。兵部大輔殿内衆へ、「鰯を焼き進じ候様に。」と御申し付け候。内衆焼き申し候へども、大勢にて中中間に合ひ申さず候。陽泰院様(彦鶴)、のれんの陰より御覧なされ候が、つと御出で、大竃(#の下の火を掻き出し、鰯籠を打ち移し、大團扇にてあふぎ立て、箕にかすり込み、炭を簸(ひり)出し、その儘差し出され候。直茂公御覧なされ、「あの様に働きたる女房を持ちたし。」と思し召し込まれ、その後御通いなされ候。……(後略)……。

※『葉隠聞書』巻第三より。

今回は鍋島直茂の一目ぼれエピソードを紹介してきました。大胆で機転の利く彦鶴はその後、鍋島家を支えるため大いに活躍します。

そちらのエピソードも改めて紹介したいですね。

※参考文献:

古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年1月 永山久夫『武将メシ』宝島社、2013年3月

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