日本文化の奥にひそむ問い――ドイツ哲学者達はどのようにして「日本の禅」と出会ったのか?【前編】 (2/2ページ)

Japaaan

幼いころはカトリックの信仰のもとで育ち、青年期には神学を学びましたが、次第に宗教よりも哲学への興味を深め、大学で哲学者としての道を歩み始めます。

1927年、彼は代表作『存在と時間』を発表し、「人間とは、存在とは何か」という問題を根本から問い直す壮大な思索を展開しました。

ハイデガーは、人間が「死」を避けることのできない存在であることを直視し、そこから逆に「いまを生きる意味」を引き出そうとしました。

「限りある命だからこそ、今この瞬間を真剣に生きる」――この考え方は、日本の禅の教えと自然に重なり合います。

ハイデガーと禅。
時代も文化も異なる二つの思想が、どのように響き合っていったのか――
次回は、その交差点に立ったもう一人の重要な人物、カールフリード・グラフ・デュルクハイムについてご紹介します。

参考文献

マルティン・ハイデガー 著、 高田 珠樹(訳)『存在と時間』(2013 作品社)

デュルクハイム, カールフリート著、下程勇吉(監修))『肚―人間の重心』(2003  麗澤大学出版会)

Karlfried Graf Dürckheim Zen and Us. Arkana Publishing, 1991.

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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