巫女から従五位へ、そして絞首刑へ!死霊を憑依させる巫女・紀益女とはどんな女性だったのか? (2/3ページ)
…無位紀朝臣益女従五位下……
※『続日本紀』天平宝字8年(764年)10月14日(丁丑の日)条
それまで無位であった者がいきなり六位以下を飛び越して五位に昇るというのは大変なことです。
いくら皇族である和気王の寵愛が深くても、それだけでは実現できなかったことでしょう。
恐らくは同年9月11日から9月18日にかけて勃発した藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)を鎮圧する際、何らかの功績があったものと考えられます。
年が明けて天平神護元年(765年)1月7日、紀益女は勲三等を賜りました。
……従五位上紀朝臣益女勲三等……
※『続日本紀』天平神護元年(765年)1月7日(己亥の日)条
この頃が、彼女の人生における絶頂期であったと言えるでしょう。
和気王の変で絞首刑に
かくして和気王の寵愛を受けながら人生を謳歌していた紀益女。しかし彼女の春は、永く続きませんでした。
同じ天平神護元年(765年)8月1日、和気王が謀叛を企てたとして処刑されてしまいます。
紀益女も無事では済まず、和気王をそそのかした罪によって、処刑されてしまったのでした。
……紀朝臣益女以巫鬼著……
……又絞益女於綴喜郡松井村。是日……
※『続日本紀』天平神護元年(765年)8月1日(庚申の日、朔ついたち)条
【意訳】紀益女は巫女として死霊を憑依させ(和気王をそそのかし)た。