「べらぼう」に登場する吉原遊郭の花魁の髪型、実は江戸の流行の最先端だった! (3/4ページ)
丸髷/Wikipedia「丸髷」
「島田髷系」も、歌舞伎役者が結っていた「若衆髷」と呼ばれる男髷が変化したものという説がある一方、東海道の島田宿の遊女が結っていた髪型だったという説も有力となっています。現代でも、芸妓さんの「島田髷」や花嫁の「文金高島田」などとして残っています。
ちなみに「笄髷系」だけは宮中の女官などの上流階級から始まり、現代では京都の舞妓さんが「襟替え」をして芸妓となる前の最後の髪形「先笄(さっこう)」などが残っています。
遊女から一般に広がった服装
遊女たちから一般女性に広がったのは、女髷だけではありませんでした。
遊女といえば「豪華絢爛で大きな帯を前結びにするなど、一般女性には真似のできない服装をしていた」という印象を持たれがちですが、実は服装も遊女から一般女性に広がり、定番となったものがあるのですよ。
たとえば華やかな「打掛け」は、現代では和装の花嫁が結婚式で着るものですが、元々は武家や大奥などの高貴な女性たちが日常的に羽織っていたものが、後に花魁などの高級遊女の正装となったものでした。
花魁はお客にとって「一夜妻」。