沖縄から400キロ離れた孤島にまで韓国人の慰安婦が 慰安婦たちの名前が刻まれたリスト 強制連行された可能性も (1/2ページ)
ラサ島と聞いてピンとくる方はかなりの事情通である。ラサ島は行政的には沖縄県島尻郡北大東村に属する沖大東島である。一番近い有人島の南大東島から南に160キロメートル、沖縄本島那覇市から南東約408キロメートル、面積1.1平方キロメートルの孤島だ。戦前は肥料の原料のリン鉱石を産出する島として最盛期には2000人の工夫が働いていたというから、戦前戦後を通じて沖縄県最大の鉱山であった。全島が東京都千代田区外神田に所在する上場企業ラサ工業の所有で、同社の社名の由来となっている。現在は、米軍の射爆場で立入ることはできない。
リアルライブ編集部は、ラサ島の慰安婦について独自取材を行った。
ラサ島位置図戦時中この島には陸軍の守備隊、海軍の電波監視隊等300人余が駐屯していた。陸軍の守備隊(森田隊)が1944年4月に上陸した当時は、リン鉱石の採掘の為、ラサ工業の社員らも在島していたが、米潜水艦による3度の砲撃、B24爆撃機による攻撃など戦局の窮迫で在島のラサ島社員ら500人余は1945年1月下旬までに順次退去した。
それに先立って1944年11月の船便で慰安婦7人が送られてきた。森田芳雄守備隊長(陸軍中尉)は著書「ラサ島守備隊記」で「突然厄介なシロモノがやって来た。番頭の卜部某というものにつれられた韓国人7人の慰安婦のことだ」と当惑の感想を記している。
筆者は戦後50年の節目の年に沖縄戦関連の資料収集過程で森田氏の「ラサ島守備隊記」に出会い、会社の会長を務めていた東京在住の森田氏からラサ島の様子について聞くことができた。森田氏は、守備隊の日々の記録をしたためた陣中日誌を引き上げの際に密かに持ち帰り、その記録を基に島の風物、生活、戦闘の状況、住民との関係、慰安婦などを著書「ラサ島守備隊記」に仔細に記していたのである。陣中日誌には慰安婦のリストも一覧表にしてまとめてあることが分かった。慰安婦リストが存在していることを指摘した研究書をネットで探したが、見つけることができなかった。