死地へ向かう男の覚悟!命令と友情の狭間に立たされた戦国武将・相良義陽の苦渋の決断 (2/4ページ)

Japaaan

※あわせて読みたい記事↓

命を懸けた友情の首実検!戦国時代の天才軍師、黒田官兵衛と竹中半兵衛の絆が胸熱すぎる!

大谷吉継は友のために、鳥居元忠は主君のために…それぞれの想いのために関ヶ原の戦いで散った2人の武将たち

同盟を結んだのに島津家と対立へ

義陽は肥後国の大名、相良家の17代当主です。当主になった当初は叔父たちの反乱や家臣たちの内紛が起こり前途多難でしたが、それを乗り越え勢力拡大中であった島津家と同盟を結びました。

しかし、義陽は伊東氏との同盟を結んだことで島津家との同盟を破り、対立します。そして、島津家が天正6年(1578)に耳川の戦いで大友宗麟を破ると義陽のいる領地にまで進撃。

「死地へ向かう男の覚悟!命令と友情の狭間に立たされた戦国武将・相良義陽の苦渋の決断」のページです。デイリーニュースオンラインは、響野原の戦い甲斐宗運島津義久相良義陽戦国武将カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る