許してあげてよ…戦国時代、なんと”オナラ”が発端で恨みを買い暗殺された戦国武将がいた! (2/3ページ)

Japaaan

しかし、宝治元年(1247)に起こった宝治合戦を機に多くの一族を失ってしまい、衰退。その後も内紛に次ぐ内紛で勢力の巻き返しができることがないまま、戦国時代に突入してしまいます。

戦国時代になると…

戦国時代になると千葉氏は佐竹や里見と言った関東の戦国大名たちに攻められます。そこで先ほどの勢力とは敵対関係にある後北条氏の支援を得たことで領地を守ることができるようになりました

その後も数々の戦で支援を求めたり、援軍を寄越したりしたことで後北条氏との関係を深め、勢力を保っていきます。

北条氏政/Wikipediaより

さらに、武勇誉れ高い千葉氏の29代目当主・千葉邦胤北条氏政の娘である芳桂院殿(ほうけいいんどの)と婚姻したことで、後北条氏とは家族同然の関係になりますが、天正13年(1585)の時にある事件が起こりました。

新年の祝いの席で…

それは新年早々に行われた祝賀会でのこと。邦胤の近習で配膳係を務めていた鍬田孫五郎(くわた-まごごろう)が2回、大きなおならをしてしまいました

これに我慢できなかった邦胤は孫五郎を叱りつけますが、孫五郎は「突発的なことは誰しもあるのに、この場で恥をかかせるとは酷いです。」と反論。

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