実は”敗者の旧幕臣”が支えていた明治政府!能力の高さから重用された名もなきノンキャリア組の実態に迫る【前編】 (3/3ページ)

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勝海舟像

また同じく洋学の教育機関「開成所」は後に東京大学となり、外交面でも旧幕府の「外国方」経験者が要職に就くなどしています。

優秀な「シツオカ」の官僚たち

そして明治政府の官僚名簿には、出身地を「シツヲカ」と記した旧幕臣が名を連ねていました。

パリ万博に派遣された渋沢をはじめ、幕末に西洋の最新知識を学んだ旧幕臣がいた静岡藩には「商法会所」や「沼津兵学校」などが設立されています。

藩自体は明治4年の廃藩置県で消滅しましたが、こうした進歩的な精神は明治政府にも引き継がれたのです。

幕府が滅亡した後も、旧幕臣は散り散りにはならず、優秀な人材を含む多くの人々が静岡藩に集まったのでしょう。

新政府を運営する大久保利通にとっても、彼らの能力は重要なものに映ったに違いありません。

大久保利通像

【後編】では、実際に明治政府で活躍した旧幕臣にはどのような人がいたのか、またそうしたノンキャリアの人々はどうなったのかについて見ていきましょう。

参考資料:中央公論新社『歴史と人物20-再発見!日本史最新研究が明かす「意外な真実」』宝島社(2024/10/7)
画像:photoAC,Wikipedia

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