放出、杭全、喜連…読めますか?大阪の読みづらい地名に隠された歴史の裏話 (2/2ページ)

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「放出」の由来は大きく2つあります。

1つめは、古代から中世にかけて、この周辺が河口湖から水が大和川や寝屋川の河流と合流し、旧淀川(現在の大川)へと注ぐ放出口になっていたからという説。

2つめは、天智天皇の時代の668年、道行という僧侶が、三種の神器のひとつである草薙(くさなぎ)の剣を盗み出す事件に由来するという説。

彼は新羅に逃げようとしたのですが、船が難破してしまいます。現在の放出あたりに漂着した道行は神様の怒りを恐れ、と剣を放ち出し(放り出し)ました。この「はなちだす」が訛って、「はなてん」になったと言われています。

「杭全」……読めますか?

大阪市東住吉区にある「杭全」という地名は「くまた」と読みます。交通の要衝なのですが、なかなか一度では読めないですよね。地名の由来も諸説あります。

1つめは、くい(杭)をすべて(全て)打ってほかの土地と区別した、という過去から「くいをまったく打った」が「くまた」に変わった、という説。

2つめは、このあたりに古代住んでいた人が、百済(くだら、現在の朝鮮半島)から来た渡来人で、「くだら」が転じて「くまた」になったという説です。

ほかにも、平野川が西除川や東除川など複数の河川に分岐していた地形で、「川俣(かわまた)」が転訛したという説や、杙俣長日子王(くいまたながひこ)という人物に由来する説などもあります。

ちなみに、名前が渡来人に由来するという説がある地名はほかにもあり、大阪市営地下鉄「喜連瓜破(きれうりわり)」駅のある喜連(きれ)地区。渡来人の呼び名である「伎人(クーレ)」が住んでいた場所とされ、「伎人郷」というのがなまり、この地名になったと言われています。

なお「喜連」は、「呉(くれ)」が転訛したものという説もあります。日本書紀によれば、雄略天皇の時代に、「呉の客の道を作って、呉坂と名づける」という記載が見られます。

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