【史実】織田信長は日本史初の”スナイパー忍者”に狙撃されていた!狙撃した忍者たちの結末
「“鉄砲”といえば信長」
そのように語られることの多い織田信長ですが、実はその“鉄砲”で命を狙われたことがあったのをご存じでしょうか?
しかも、日本で初めて鉄砲による暗殺を試みられた人物こそ、この信長だったと言われています。
つまり、彼は“日本史上初めてスナイパーに狙われた男”だったのです。
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1570年、善住坊は滋賀の千草峠で信長の通行を待ち伏せ、馬に乗る信長めがけて鉄砲を放ちます。
しかし、弾は信長の袖をかすめただけで、命を奪うことはできませんでした。暗殺は失敗に終わり、善住坊は後に捕らえられ、信長によって処刑されました。
ところが、信長をねらったのは彼だけではありません。
次に鉄砲を手にしたのは、伊賀の忍者・城戸弥左衛門(きど やざえもん)。この男は一向宗という仏教の信者で、信長が比叡山を焼き討ちし、一向一揆を弾圧したことに深い恨みを抱いていたとされます。
1579年、信長が琵琶湖のほとり・膳所(ぜぜ)を通りかかったときのこと。森の中にひそんでいた弥左衛門が鉄砲を発砲し、信長がさしていた赤い傘の柄が吹き飛びます。しかし、信長はまたしても無傷。
なんと弥左衛門は、その翌日、「犯人を探します」と自ら申し出て、まさかの捜査役に名乗りを上げます。信長もまさか撃った本人がそんなことを言うとは思わず、信用してしまったようです。
弥左衛門、再び信長暗殺を計画
1581年には、再び伊賀で信長の視察が行われると知った弥左衛門が、仲間とともに暗殺を計画。
ふたたび鉄砲が放たれましたが、命中したのは信長の家臣たちだけで、本人にはかすりもしませんでした。
ついに密告によって正体がばれた弥左衛門は捕らえられ、激しい拷問にも口を割らず、最後には自ら命を絶ったといいます。その背後には、本願寺の僧・教如(きょうにょ)の存在があったとも伝えられています。
こうして、信長は生涯に何度も命を狙われながらも、そのすべてを奇跡のようにかわしてきました。
本能寺の変で明智光秀に討たれるまで生きのびたということは、これらの暗殺はすべて失敗だったということ。
もし、どれかひとつでも成功していたら、日本の歴史は今とはまったく違っていたかもしれませんね。
参考
長谷川 ヨシテル『あの方を斬ったの…それがしです』(2018 ベストセラーズ) 江宮 隆之 「魔王・織田信長を2度狙撃したスナイパー忍者【音羽の木戸】」 『歴史人』 「杉谷善住坊の解説~織田信長を狙撃した未だに謎多き戦国スナイパー」『戦国武将列伝Ω 武将辞典』日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan



