坂本龍馬とお龍、日本初の新婚旅行へ。寺田屋事件から霧島へ逃れた愛の18日間 (2/3ページ)
楢崎龍(おりょう) 津田紀代 監修『ビジュアル選書 カメラが撮らえた幕末・明治・大正の美女』 より
薩摩藩の手配した船で鹿児島へ向かい、ふたりは山あいの霧島に入ります。塩浸温泉に逗留したのは、十八日間。温泉に浸かって傷を癒し、川で魚を釣り、時にはピストルで鳥を撃つなど、龍馬らしい自由な時を過ごしたといいます。
旅を終えたその年の暮れ、龍馬は姉・乙女に手紙を送ります。お龍のことや霧島での出来事を絵入りで綴ったその手紙は、後に「新婚旅行の手紙」と呼ばれるようになりました。
手紙の中で、寺田屋の一件について、こう記しています。
「龍女(たつめ)がおれバこそ、龍馬の命ハたすかりたり」
命の恩人であり、共に生きる伴侶でもあるお龍への、まっすぐな言葉でした。
霧島神宮への参拝、高千穂峰への登山、そして山頂に立つ「天の逆鉾(あまのさかほこ)」を目にしたこと――これらも手紙に添えられた絵とともに記録されており、ふたりの旅の確かな足跡がそこに残されています。
この旅は、単なる逃亡の記録ではありません。