織田信長も虜にした伝説の香木「蘭奢待」(らんじゃたい)はなぜそこまで特別視されていたのか? (2/3ページ)
なぜこの香木が、そこまで特別視されたのか。
ひとつには、「截香(せっこう)」と呼ばれる儀式に理由があります。これは、香木の一部を切り取り、儀礼的に用いるというもので、歴代の権力者だけに許された行為でした。
記録に名を残しているのは、平安の藤原道長、室町の足利義満・義政、そしてあの織田信長。さらには明治天皇まで。まさに、時の権力者が競うようにその香を求めたわけです。
特に有名なのが、織田信長の一件。1574年、信長は正倉院から蘭奢待を取り寄せ、中央部分を切り取ったといわれます。本来、天皇の許しがなければ触れることさえ許されない宝物でしたが、信長は特別にそれを許されたのです。
香りを独り占めすることなく、信長は天皇に献上し、また家臣たちにも分け与えたそうです。その行動には、「天下人たる自分こそが香を授かるにふさわしい」という、強いメッセージが込められていたのかもしれません。
一方で、徳川家康は違いました。信長の死を知っていた家康は、「蘭奢待には縁起が悪い」として、あえて手をつけなかったのです。慎重な彼の性格が垣間見える逸話ではあります。
さらには、平安の武将・源頼政が、鵺(ぬえ)という妖怪を退治した功績で、この香木を賜ったという伝説も残っています。香りにまつわる話は、時に史実を超え、物語の領域へと足を踏み出します。
時は下り、明治天皇も蘭奢待の香を楽しまれました。記録によれば、その香りは部屋いっぱいにふんわりと広がったそうです。千年を超えてなお香りを放つ——そんな香木が、果たして他にあるでしょうか。
2006年、大阪大学の調査によって、この香木には38もの切り取り跡があることがわかりました。つまり、いくつもの時代、いくつもの人の手が、静かにこの香に触れていたということです。
目には見えない香りが、人の心を動かし、歴史を動かす。蘭奢待とは、まさにそんな「見えない力」を秘めた宝物なのです。