織田信長も虜にした伝説の香木「蘭奢待」(らんじゃたい)はなぜそこまで特別視されていたのか?

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織田信長も虜にした伝説の香木「蘭奢待」(らんじゃたい)はなぜそこまで特別視されていたのか?

「蘭奢待(らんじゃたい)」——さて、この不思議な響きを持つ名前の正体、皆さんはご存じでしょうか?

蘭奢待 『東瀛珠光』 第3集,より

蘭奢待とは、奈良・東大寺の宝物庫「正倉院」に眠る香木です。今も変わらず、そこに静かに保管されています。

史上初!織田信長らが魅了された天下第一の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」の香りがついに初公開!

香木というのは、火にくべると芳しい香りを放つ木のことで、かつては仏前に供えるだけでなく、宮中や貴族たちの間で愛されてきました。香りはただの嗜みではなく、教養や地位、心のあり方を表すものでもあったのです。

蘭奢待の正式な名は「黄熟香(おうじゅくこう)」。長さはおよそ1.5メートル、重さは11キロを超えます。中には黒く染みた樹脂が溜まり、それが長年の時を超えてもなお、香りを生み出しているのです。

産地はおそらく東南アジア。ベトナムやタイあたりから、奈良時代の早い時期に日本に運ばれたと考えられています。けれど、どんな船に乗って、誰の手を経て来たのか。その道のりは今も謎のままです。

「蘭奢待」という名前も、実はちょっとした仕掛けがあります。「蘭」「奢」「待」の文字に、「東」「大」「寺」の漢字が隠れているんですね。昔の人の遊び心とセンスが光る名のつけ方ですよね。

なぜこの香木が、そこまで特別視されたのか。

ひとつには、「截香(せっこう)」と呼ばれる儀式に理由があります。これは、香木の一部を切り取り、儀礼的に用いるというもので、歴代の権力者だけに許された行為でした。

記録に名を残しているのは、平安の藤原道長、室町の足利義満・義政、そしてあの織田信長。さらには明治天皇まで。まさに、時の権力者が競うようにその香を求めたわけです。

特に有名なのが、織田信長の一件。1574年、信長は正倉院から蘭奢待を取り寄せ、中央部分を切り取ったといわれます。本来、天皇の許しがなければ触れることさえ許されない宝物でしたが、信長は特別にそれを許されたのです。

香りを独り占めすることなく、信長は天皇に献上し、また家臣たちにも分け与えたそうです。その行動には、「天下人たる自分こそが香を授かるにふさわしい」という、強いメッセージが込められていたのかもしれません。

一方で、徳川家康は違いました。信長の死を知っていた家康は、「蘭奢待には縁起が悪い」として、あえて手をつけなかったのです。慎重な彼の性格が垣間見える逸話ではあります。

さらには、平安の武将・源頼政が、鵺(ぬえ)という妖怪を退治した功績で、この香木を賜ったという伝説も残っています。香りにまつわる話は、時に史実を超え、物語の領域へと足を踏み出します。

時は下り、明治天皇も蘭奢待の香を楽しまれました。記録によれば、その香りは部屋いっぱいにふんわりと広がったそうです。千年を超えてなお香りを放つ——そんな香木が、果たして他にあるでしょうか。

2006年、大阪大学の調査によって、この香木には38もの切り取り跡があることがわかりました。つまり、いくつもの時代、いくつもの人の手が、静かにこの香に触れていたということです。

目には見えない香りが、人の心を動かし、歴史を動かす。蘭奢待とは、まさにそんな「見えない力」を秘めた宝物なのです。

参考

『東瀛珠光』 第3集(1909 審美書院) 米田該典「全浅香、黄熟香の科学調査」『正倉院紀要』第22号(2003) 米田雄介、杉本一樹『正倉院美術館ザ・ベストコレクション』(2009 講談社) 片岡直樹「黄熟香と全浅香」『正倉院宝物の輝き』(2020 里文出版) 角明浩「天正二年の信長による蘭奢待切り取りの再考察―織田権力の大和支配の観点から―」『戦国・織豊期と地方史研究』(2020 岩田書院) 「織田信長も欲した天下の名香『蘭奢待』」刀剣ワールド

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