豊ノ島“ライバル”琴奨菊との思い明かす 業界には「いい物は残し、時代に併せて変わっていけば」と期待 (2/3ページ)
その中でも中学、高校でずっと一緒にやってきた、琴奨菊関との取組ですかね。
―いろいろな力士や親方がいらっしゃったと思うのですが、特に影響を受けた方はいらっしゃいますか。
さっきも話に出ましたが、琴奨菊関ですね。彼がいたおかげで最終的にプロに入ろうと思いました。中学生時代に全国大会でも優勝しましたが、高校で伸び悩みました。自信はあったんですが、結果がついてきませんでした。
その頃、琴奨菊関は明徳義塾でずっと成績を残していて、「大相撲の世界に入る」とも公言していました。私も大きいことを言うタイプだったので、「相撲の世界に行くよ」とは口に出していました。でも、確固たる決意のようなものが当時はありませんでした。
小さいころからの夢見ていたものをやってみたいという感覚でした。同じ高知県で試合していくうちに、琴奨菊関の決意を聞いて、自分もという気になりました。
すごく意識していた相手だからこそ、スタートラインも一緒にして頑張りたいと思いました。どちらかというと、琴奨菊関に引っ張られるようにして、この世界に入りました。自分の相撲人生に一番影響を与えてくれたのは、琴奨菊関です!
―ありふれた言葉ですが「良きライバル」という感じですね。
そうですね、一番意識していました。極論ですが、1勝14敗だとしても、その1勝が琴奨菊関であれば満足なくらいでした。琴奨菊関は大関まで昇進して、番付も向こうの方が上でした。下の方からライバルというのはおこがましいですが、琴奨菊関が自分のことを「意識するライバル」といってくれていた事は、と
てもありがたかったです。お互いに本当に良いライバルだと思っていました。
―教えるのがうまいと聞きました。中から後進を育てることと、外から応援することの2つで悩まれたんじゃないかと思います。実際に悩まれましたか。
教えることがうまいと言ってもらうこともありますが、なかなか難しいです。現在、女子相撲のコーチをやっていますが、指導者としてもまだまだ勉強する事もあります。
現役時代に、バラエティー番組には出させていただいたことがあり、40歳になる節目に新しいことに挑戦したいと思いました。