豊ノ島“ライバル”琴奨菊との思い明かす 業界には「いい物は残し、時代に併せて変わっていけば」と期待 (1/3ページ)

リアルライブ

豊ノ島
豊ノ島

2020年に相撲を引退、2023年に日本相撲協会を退職した豊ノ島。現在はタレントとして相撲業界を外側から応援やYouTube チャンネルの開設をしている。リアルライブ編集部では、豊ノ島に単独インタビューを実施。影響を受けた力士や親方、YouTubeチャンネルなどの話を、2回に分けて掲載する。

―中学校から相撲の大会に出られてましたが、その頃から相撲業界に入ろうと思ってらしたのでしょうか。

小学生の1年生からやっていました。最初はなかなか結果が出せなかったんですよね。デビュー戦では、開始1秒で負けました(笑)。だんだん力をつけていって、1年たたないぐらいで県では、ほぼ負けなくなりました。

その頃から、県で勝つのはすごいことだと実感し、当時の相撲業界では若乃花さん、貴乃花さん、曙さんがいて、若貴が曙に勝つというシチュエーションがありました。それを見て育ったので、子どもの感覚ですが、相撲業界で強くなりたいと思いました。

小さいながらに「僕が貴乃花を倒して引退させる」と言ってたらしいです(笑)。

― どんな練習をされていたのでしょうか。

小学校1年生だったのですが、小学生がやるような練習ではなかったと思います。本当に厳しい稽古で、何度も辞めたいと相談していました。でも、勝ちたいという思いや、強くなりたいというような“思い”があったから続けられました。

当時通っていた相撲クラブの先輩たちがすごくかわいがってくれて。兄弟みたいな感じになっていました。実家では姉一人、妹と弟が一人ずついて、兄だけがいませんでした。自分の中で、先輩たちがお兄ちゃんみたいな存在で、父が「辞めるならお兄ちゃんたちとはもう会えなくなるからな」と言ったんですね。それが嫌で頑張れたんだと思います。

「辞めてもいいぞ。その代わりにみんなには会えないからな」と言ったら、絶対辞めないと父は分かっていたんですね。いつもそう言われ、辞めなかったのは先輩たちが本当にかわいがってくれたからです。

―18年間戦ってこられましたが、特に思い入れのある取組はありますか。

本当に数々あるんですが、白鵬関との優勝決定戦や、琴奨菊関との優勝争い。いろいろあります。

「豊ノ島“ライバル”琴奨菊との思い明かす 業界には「いい物は残し、時代に併せて変わっていけば」と期待」のページです。デイリーニュースオンラインは、エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る