江戸時代に横行した「辻斬り」を監視せよ。幕府が設けた監視小屋”辻番”の知られざる実態 (2/3ページ)
当初は武家が直接運営にあたっていましたが、辻番の大部分を占める旗本では維持することが難しく、17世紀後半には町人がその役を請け負うようになりました。
業務の実態辻番の人は、どのような流れで配置されていたのでしょうか。
池波正太郎の『鬼平犯科帳』には、盗人から依頼を受けて「おつとめ(盗み)」を手伝わせる別の盗人を斡旋する「口合人」が登場していたのを覚えている方も多いでしょう。
また『仕掛人藤枝梅安』でも、依頼者から殺しを請け負って暗殺者を手配する「夢」という仲介者が登場していましたね。
「口合人」「夢」はいずれも池波正太郎の造語ですが、実際に江戸時代には人宿や口入れ屋などと呼ばれる人材派遣業者が存在していました。
辻番も、こうした人宿の斡旋によって、武士以外の者が配置されるようになったのです。
18世紀初頭に著された『政談』には、農村から江戸に入り武家で奉公人をしていた者が、年老いて故郷に帰れなくなり、辻番に雇われたという記録が残っています。