江戸のギャンブル沼。賭博の蔓延が規格外すぎた江戸時代、奉行が出した驚きの結論【後編】 (2/3ページ)
ある時、喜兵衛という老人の家の土蔵で、毎日のようにサイコロ賭博が行われていたとして、身分相応の過料に加えて100日の手鎖の刑に処せられました。
喜兵衛は「土蔵の管理は娘婿に任せており、私は何も知らなかった」と主張しましたが、実際は集まった者たちから「心づけ」という名目で金を受け取っていたのです。
悪用された富くじまた、非公認の富くじである「影富」に巧妙な細工をしたとして、罰せられた下級武士もいます。
小普請方の労務者世話役の佐助という男で、自分で用意した1000枚の影富を「感応寺のお徳用富くじ」と偽り、1枚3文で売りさばいていました。
儲けた額は現在の金額にすると約6万円程度でしたが、彼は家屋などの財産をすべて没収されて重追放されるという、極めて重い処罰を受けています。
富くじは寺社が修繕費用を調達する目的で認められたギャンブルでしたが、影富は単なる賭け事にすぎませんでした。
寺社に納めない分も購入者に還元されるので、賭け事が好きな江戸っ子を惹き付けたのです。
「遠山の金さん」はどう対応した?賭博にはトラブルがつきものなので、幕府も社会秩序を乱す行為だとしてしっかり取り締まっています。
しかし、これも冗談のような話ですが、対象となり賭博行為があまりに多すぎて、完全に取り締まるのは現実的には難しかったようです。