大河『豊臣兄弟!』に登場か?豊臣家の影に生き忠義に命を捧げた武将・河尻秀長の生涯 【前編】 (2/3ページ)
父の秀隆は甲斐国(現在の山梨県)を任されるほど信長から信頼されていた人物でした。
しかし1582年、本能寺の変が起き、情勢が一変します。甲斐では旧武田家の家臣たちが蜂起し、秀隆はその混乱に巻き込まれて命を落としました。
家を継いだ秀長でしたが、父の遺領のほとんどは失われ、武将としての立場は不安定なものでした。そんなとき、石田三成の推薦によって豊臣秀吉に仕えることとなります。ここから、彼の新たな戦国人生が始まりました。
小牧・長久手の戦いで評価される1584年、小牧・長久手の戦いにおいて、秀長は100人の兵を率いて出陣し、秀吉本陣の守備を任されました。福島正則や加藤清正とともに後方を守っていたことから、すでに秀吉からの信頼を得ていたことがうかがえます。
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