【べらぼう】最期は粛清か自ら去ったか?大奥の最高権力者「高岳(冨永愛)」史実で見る実像と結末 (2/3ページ)
その権勢ぶりを示すエピソードとして、このようなものがあります。
明和2年(1765年)に仙台藩主の伊達重村(だて しげむら)が官位を求めた際、松平武元(筆頭老中)・田沼意次(御側御用取次)・田沼意誠(一橋家老)と並んで高岳にも賄賂を贈りました。
高岳が彼らと並び、賄賂を贈る相手と認識されていたことが分かるでしょう。
ちなみに高岳は賄賂に加え、重村に自宅(桜田御用屋敷内)を増築させています。
重村としては小さからぬ負担だったでしょうが、ここで高岳の機嫌を損ねる訳には行きません。
せっせと高岳宅の増築に励み、官途を願うのでした。
政権交代で身を引く
種姫のために、徳川家基へ贈る手袋を手配した高岳。この善意が仇となった(ちなみにこのエピソードは創作)。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
かくして大奥で権勢を振るった高岳は、表向きを取り仕切る田沼政権と連携しながら政治の両輪を支えます。
やがて田沼意次が失脚し、天明7年(1787年)に松平定信を老中にすべきか意見を求められた際は、御年寄の滝川(たきがわ)と共に反対しました。