【べらぼう】将軍家に種をまくため養女に送り出された松平定信の妹・種姫の短すぎた生涯… (3/4ページ)

Japaaan

豪華な婚礼と紀州藩士の不満

狩野養和「徳川種姫婚礼行列図」より、輿入れする種姫。

将軍家の姫が輿入したのは利根姫(とねひめ。第8代・徳川吉宗養女)以来半世紀ぶりで、その婚礼行列は豪華を極めたそうです。

しかし豪華な婚礼費用を工面するため、紀州藩士らは6年間の半知(はんち。知行≒年俸を半減)を命じられました。

現代の感覚で言えば「社長の息子が結婚するから、6年間は給料半分ね!」と言われるようなもの。紀州藩士らは大いに困窮したことでしょう。

しかも種姫に従って紀州藩邸へやって来た女中たちは、大奥に比べて生活のグレードが下がったことに不平不満を言い立てました。

こちとら紀州を半分にされてまで迎えたのに、自分たちより遥かにいい暮らしをしている連中の不満など聞かされてはたまりません。

紀州藩士らは、種姫一派に内心の不満を溜め込んだことでしょう。

かくして紀州藩へ嫁いだ種姫。彼女は寛政6年(1794年)1月8日に30歳という若さで世を去ってしまいました。

紀州家の希望によって種姫の遺体は紀州長保寺(和歌山県)へ葬ることとなり、同年5月27日に葬られます。

法名は貞恭院(じょうきょういん/ていきょういん)。

「【べらぼう】将軍家に種をまくため養女に送り出された松平定信の妹・種姫の短すぎた生涯…」のページです。デイリーニュースオンラインは、利根姫種姫徳川治宝徳川家基田安宗武カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る