朝ドラ【あんぱん】に登場するマノ・ゴロー(伊礼彼方)のモデルとなった人物「キノトール」の生涯 (2/3ページ)

Japaaan

早くから将来を嘱望されていました。

大企業の幹部の養子に入るほどですから、生家や実父が相当に信用を得ていた立場であることも伺えますね。

成長後、暢は日本大学に進学。芸術学部で生涯の天職となる劇や演出について学び始めます。

しかし当時の日本は、若者たちにとって夢を追えるような時代ではありませんでした。

昭和16(1941)年、太平洋(大東亜)戦争が勃発。日本は本格的に連合国との戦争へと突入していきます。

当時の徹はどうだったのでしょうか。

国を思う熱意に溢れていたのか、周囲の勧めもあったのか、学生であった徹は海軍予備学生に志願。そのまま学徒出陣を迎えることとなります。

徹は海軍航空隊中尉にまで昇進。しかし昭和20(1945)年に終戦を迎え、無事に生きて買えることができました。

その後、生き残った徹は、失った青春時代を取り戻すように、演劇の世界で活動していくことになります。

出撃前の零戦。徹は戦死した仲間たちにどのような思いを抱いていただろうか…

ラジオ、そしてテレビの時代へ―やなせたかしとの出会いと「怪傑アンパンマン」

戦後、徹の生活に大きな変化が訪れます。

私生活においては、2歳下の産科医・和子ドクトル・チエコ)と結婚。和子は日本の性医学のパイオニアでもある人物でした。

プライベートが充実したことで、徹の活動にも幅が生まれたようです。

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