朝ドラ【あんぱん】に登場するマノ・ゴロー(伊礼彼方)のモデルとなった人物「キノトール」の生涯 (1/3ページ)
朝ドラ『あんぱん』には、大物演出家としてマノ・ゴロー(演:伊礼彼方)という人物が登場します。実はこの人物にもモデルとなった人物がいました。
その人物こそが、戦後の日本の演劇界に革新的な変化をもたらしたキノトールです。
東京で生まれたキノトールは、大学で演劇を専攻。しかし戦争によって一度はその道から遠ざかります。キノトールは、どのように戦後日本の演劇界と関わり、人々の心に残る作品を残したのでしょうか。
キノトールの生涯について見ていきましょう。
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やがて三菱系の満州パルプ工業の常務・木下壮(さかん)の養子となり、木下姓に改姓。
