『べらぼう』暴走する蔦重と定信をたしなめる人々と、「そうきたか!」な蔦重マジック【後編】

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『べらぼう』暴走する蔦重と定信をたしなめる人々と、「そうきたか!」な蔦重マジック【後編】

松平定信(井上裕貴)の寛政の改革で、環境が悪化する吉原を救うために “女遊びの指南書”を「教訓読本」として出版した蔦重(横浜流星)は、とうとう牢に入れられてしまいます。

「かようなもの(本)は二度と出さぬと誓え!」と迫る松平定信に、蔦重は「庶民は、清冽な水(定信の政治)よりも、元の濁った水の(田沼の政治)ほうが住みやすいと思っている」と、市中に広まる落首を例に挙げ、痛烈に批判しました。

江戸一番の本屋としての矜持、自害した春町への思い、貧困地獄に陥りそうな吉原の救済……いろいろな思いを背負い、平賀源内(安田顕)の「心の思うままに、我儘に生きる」の言葉を胸に突っ走る蔦重。そんな彼を「我儘な人間」と評する声もあります。もちろんその通りなのですが、この生き様だからこそ蔦重という人間が現代でも愛されているのでしょう。

【前編】の記事はこちら↓

『べらぼう』”禁句”をぶつけた蔦重の戯けにプライド高き松平定信が大激怒!互いの胸中を考察【前編】

【後編】では、突っ走る蔦重と定信を戒める周囲の人々。そして、前段未聞の大ピンチに陥りつつも、「そうきたか!」とピンチをチャンスに変える蔦重マジックの凄さなどを振り返り、考察してみました。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

「女郎は親兄弟を助けるために売られてくる『考の者』」と説くてい

牢に入れられた蔦重が、詮議の場で定信を相手に盛大に「戯けた」(批判した)ことを聞き、妻てい(橋本愛)は気を失ってしまいました。けれども、メソメソと泣くような女性ではありません。女将として夫・蔦重を助ける決心をし、定信が信を置く儒者・柴野栗山(嶋田久作)に会います。

「夫は女郎が身を売る揚代を、客に倹約しろと言われていると嘆いておりました。遊里での礼儀や女郎の身の上、左様なことを伝えることで、女郎の身を案じ、礼儀を守る客を増やしたかったのだと思います」と、伝えます。

ていは、離婚した前夫が吉原通で店を潰してから、遊里には偏見を持っていました。そんな、ていの口から「女郎は親兄弟を助けるために売られてくる『考の者』。不遇な考の者を助るは正しきこと」という理路整然とした言葉が出てきたのはぐっときましたね。女郎を『考の者』と、まっすぐに称賛するところは心打たれる場面でした。

「どうか…儒の道に損なわぬお裁きを願い出る次第にございます!」と締めたていの凛然とした態度。つくづく身についた「知性」「教養」は、自分だけではなく人をも助けられるものだと感心しました。

柴野栗山_近世名家肖像(谷文晁 – 東京国立博物館)

そんな、ていの献身的な働きもあり、蔦重へのお裁きは『身上半減』。「はあ…身上半減?」「そりゃあ…縦でございますか?横でございますか?」(半分に斬られてしまうのは、縦切りか横切りか)と、まだ戯けて言い返す蔦重。

「蔦屋耕書堂及びそのほうの身体半分召し上げるということだ」という奉行に「こりゃあ富士より高いありがた山にございます」と地口で返します。

その時、お白洲にいたていは、きっと「ここでこれ以上夫が減らず口を叩き続けていたらお上の怒りを買い、「身上半減」どころではなくなる」と危機感を覚えたのでしょう。急に立ち上がり思いっきり蔦重を張り倒しました。

「己の考えばかり…皆さまが…どれほど…」と夫を押し倒して拳で泣きながら殴りつけるていに、同席した駿河屋市右衛門も、奉行も、同心らもあっけにとられて誰も何もいえませんでした。これ以蔦重に戯けさせなかった、ていのナイスファイトでした。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

「人は『正しく生きたい』とは思わぬのでございます!」

かたや「我こそ正義」とばかりに突き進む松平定信を厳しく諌めたのが、重臣本多忠籌(矢島健一)です。

【べらぼう】後に松平定信の排除を図り…本多忠勝の血を引く老中「本多忠籌」の信念と結末

「盗賊になった者の中には農民もいるなら、農村に返せばいい、路銀も負担してやる」と言う定信に、「そうしたいと願いでた者はたった四人です」と伝えます。「なぜだ?こんないい策なのに」と現実をわかっちゃあいない、ふんどし坊ちゃん。

「村に戻っても、働いて働いて、土間で寝て年貢を取られるから、娘を売るしかない。そんな生活なら江戸で犯罪者になったほうがまし……という者のほうが多いのです。」

「越中守様、人は『正しく生きたい』とは思わぬのでございます。『楽しく生きたい』のでございます!」

と、本多に諌められます。

そして、自分と同じ反田沼派の松平信明(福山翔大)には「このままでは田沼以下の政との謗りを受けかねませぬ」とダメ押しされてしまうのでした。

今回、本多のこの言葉が一番沁みました。「人として正しく生きる」というと、一瞬聞こえはいいものです。けれども。

「正しく生きる」ためには、低賃金で働いても働いて働いて。
金がないのは「倹約が足りないのだ!遊ぶな、サボるな、楽しむな。倹約して金を作れ!」と、息抜きも許されない。

そんな、身を粉にして働くだけの毎日で、せっかく稼いだ微々たる金はお上に召し上げられ、けっして生活は楽にならない。娘の体を売って金を作らなければ、死ぬしかない。

そんな生活をしながら、「忠義に励みたい」などと思う人などいるはずもありません。

希望も未来も金もない人生なら、いっそ江戸に出て盗賊になったほうがましだ……そう思うのは無理からぬことです。

まるで生活苦にあえぐ人が多い、令和の今を見ているよう。さすが、いつも江戸と現代がシンクロする森下脚本。定信にくだされた鉄槌の言葉は、本人にはどう響いたのでしょうか。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

看板やのれんまでも、見せしめに半分にして持ち去るお上

釈放された蔦重は、地本問屋仲間に詫びます。これからを案ずる皆の間で「借金も半分持っていってくれねえですかねえ」と軽口を叩き、「ほんと…ほんと、そういうところですよ!!」と、鶴屋喜右衛門(風間俊介)に、厳しく叱られます。にもかかわらず、誰も蔦重に「もう無難な本しか作るな!」とは言いません。

お上に逆らい店を潰したくはないものの、黙って従っているだけでは江戸の文化やエンタメは廃れてしまう。守りたい思いは皆同じ。

自由な出版のため、体を張って「戯けて」みせた蔦重のことは、皆、暴走するものの行動する男だと認め、期待をかけてもいるのでしょう。蔦重が今まで、日本橋のために努力してきた功績も皆忘れるはずはありません。

鶴屋の旦那も蔦重の軽口を厳しく叱りつつも、無事に帰ってきてほっとしている感じもしました。

さて、「身上半減」の罰が下された当日。お上は、在庫の書籍や売り上げなどの財産を半分没収するだけではありませんでした。

版木、看板、のれん、品札、畳まで、実際に「半分」に切って没収。実にいやらしいやり方です。のれんや看板など持って帰っても何の役にも立たないのに律儀に半分にして持っていくのは、あきらかに「ご公儀に逆らうとこういう目にあうんだぞ」という庶民への見せしめでしょう。

ていも耕書堂のスタッフも、物理的に「半分奪われ」強盗が押し入ったよりもひどい状態になった店を見てショックを隠しきれません。さすがの蔦重も呆然。精神的に応えたようです。

空気を大きく変えた「屁」の力と「そうきたか!」の力

ところが、ここからが今回は大きな見せ場となりました。

修復不可能と思われるような絶望的な状態な店を見て、「いやあ〜これは本当に『半分』だねえ」と不謹慎なほどに大爆笑しながらやってきたのは、太田南畝(桐谷健太)でした。

江戸や狂歌から遠ざかっていた南畝が、久々に耕書堂を訪れたのでした。そして、「蔦重!見に来たのだ!世にも珍しい身上半減とは、見ておかねばと思うてな」と快活に笑いながら、大声で話します。さすがは「屁」の神様。

悲惨な状態の店にご近所の人々も眉を顰め暗いムードが漂うなか、「見事な半分ぶり!」と大爆笑できるのはこの人しかいませんね。南畝の大袈裟なパフォーマンス、明るい大声、大笑いに、いつしか周囲の人々も笑いはじめます。

皆、定信の政策に内心、うんざりしていたのでしょう。大真面目に「身上半減」の罰を下した定信や、律儀に全て半分に切って持ち去るお役人をバカにして笑う気持ちもあったのでしょう。南畝の「こりゃあ、可笑しい」の爆笑を皮切りに、笑いは連鎖しました。蔦重の信条である「人々を笑顔にする」が戻ってきた瞬間でした。

NHK大河「べらぼう」公式サイトより

周囲の人々の笑顔を見て、ニヤリといつもの「ひらめきの表情」を浮かべた蔦重。大声で「みの吉!何かでけぇ板、後、筆と墨!」と命じ、大きな字で『身上半減ノ店』と書き上げます。そして、「そう!身上半減ノ店はこの日の本で蔦屋だけ!」と口上を述べました。

この切り替えの速さ、ピンチをチャンスに変えるしたたかさはさすがです。「世にも珍しい、身上半減の罰を受けた店はこの蔦屋耕書堂だけ!さあさあ、寄っていきな!」とばかりに、流れを変えました。この蔦重の発想力に南畝は「そう来たか!」と大爆笑、さらに皆も大笑いします。

これは、もしかしたら南畝の作戦だったのかも。蔦重が捕まり店がピンチになったことを聞き、わざわざ「身上半減」の罰が下される日を選んで、あの皆を「屁」で巻き込んだときのように、悲惨なムードを笑いに変えちまおうという計画だったような気もします。

以前、「お前さんには、他のやつが持っていない“”そうきたか!”と思わせるアイデアがある」と蔦重を褒めていた南畝。

店は悲惨な状態になっているはず、ならばいっそ大笑いして笑わしてやれ。皆が笑えば、蔦重も『そうきたか!』なアイデアを出すに違いないと、信頼したうえでの助け舟だったような気もします。

大田南畝像(鳥文斎栄之筆、東京国立博物館蔵)

蔦重の「閃いたぜ!」といわんばかりのニヤリ顔を見ると、いつもの調子が戻ってきたなと嬉しくなるものです。

さて、放送回数が徐々に少なくなってきた「べらぼう」。表裏一体の蔦重と定信はどう変わっていくのか。これからの展開もしっかり見守っていきたいと思います。

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