朝ドラ「ばけばけ」実際も追い詰められ出奔…山根銀次郎(寛一郎)のモデル・前田為ニの失踪とその後 (3/6ページ)

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武士の内部には、歴然とした身分差があった。

一般的に武士と呼ばれるのは、狭義では士分まででした。足軽は武士身分ではあるものの、区別されて認識されていたのです。

為ニの前田家も、鳥取藩では軽輩として扱われていました。この身分制度が、のちのち為ニに影を落とすこととなるのです。

明治は四民平等?士族と卒族の違い

明治元(1868)年、明治維新によって江戸時代が終わりを告げました。

明治の世では、身分は新たな制度へと移行していきます。

華族(公家や旧大名)・士族(旧武士、いわゆる旧士分)・卒族(旧足軽)・平民(町民や農民)の成立です。

ここでも旧足軽が旧士分と区別されていたことがわかります。

しかし明治5(1872)年、卒族は士族(一代限りの足軽は平民)に編入。為ニも士族の身分となりました。

四民平等という言葉がありますが、実際はそれほど人々が簡単に前時代の身分を受け入れたわけではありません。

やがて為ニは身をもって知ることとなるのです。

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