朝ドラ「ばけばけ」母国での壮絶な過去…レフカダ・ヘブンのモデル、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)苦難の前半生 (2/4ページ)

Japaaan

父はアイルランド出身の軍医少佐チャールズ・ブッシュ・ハーン、母はギリシャ人のローザ・アントニウ・カッシマチです。

ラフカディオとは「レフカダ島の」という意味。ドラマの「レフカダ」は、出生地のレフカダ島をそのまま由来にしたようです。

イオニア諸島のレフカダ島。ラフカディオ・ハーンはここで生まれた。

出生の翌1851年、父・チャールズの西インド転属が決定。1852年、ハーンは母・ローザとともに、父の出身地であるアイルランドのダブリンに移住します。

しかしダブリンに滞在中の1854、母・ローザに異変が起こりました。孤独に耐えかねたのか、お腹の中にいた子供(ハーンの弟にあたる)のために不安定になったのか、ローザは精神を病んでしまったのです。

結局、ローザはギリシアに帰国。1856年には父と母との間で離婚が成立することとなりました。

父・チャールズは子連れの女性と再婚。母・ローザはハーンを引き取ることができず、ハーンは両親に捨てられた形となりました。

ドラマ「ばけばけ」でヘブンが「家族に縁がない人生だった」と語るシーンがありましたね。まさしくモデルのハーンも、家族とは縁が薄い前半生だったのです。

このとき、ハーンを引き取ったのが大富豪であった大叔母サラ・ホルムズ・ブレネンです。

ハーンは厳格なカトリック教育を施されますが、これに反発。逆にキリスト教嫌いとなってしまいました。

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