【べらぼう】ダサい?江戸時代の人はアノ髪型(月代)をどう思っていた?その語源と歴史
NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」も最終盤ですが、皆さんも楽しんでいますか?
余談なのですが、視聴者の方よりこんなご意見をいただきました。
「江戸時代の人は髪型がダサ過ぎる。蔦重役の横浜流星がかわいそう」とか云々。
額の上から頭頂部まで剃り上げて、残った髪を後頭部で束ねるというヘアスタイルは、確かにインパクト強烈です。
なぜこのような髪型になったのか?今回はその謎に迫ってみましょう!
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兜を脱いだ内藤修理。髷をほどいた童髪になっている(画像:Wikipedia)
頭部の中央を剃り上げて両脇の髪を髷(まげ)に結う髪型は、剃り上げた中央部分(前頭部~頭頂部)の名前にちなんで月代(さかやき)と呼ばれます。
又の名を野郎頭(やろうあたま。男性特有の髪型だから)とか半髪頭(はんぱつあたま。髪の半分を残す髪型だから)などとも言いました。
髷をほどいたいわゆる「落ち武者スタイル」は童髪(わらわがみ)と呼ばれ、これが大童(おおわらわ。髪を振り乱し、なりふり構わない様子)の語源となっています。
ちなみに月代(つきしろ)と書いて「さかやき」と読ませる理由は諸説あるそうです。
月代とは夜明け前の白んだ空、転じて頭髪を剃り上げて色が薄い部分を指し、さかやきは頭に逆上する気を抜くサカイキに由来すると言います。
……『さかいき』と云ふは、気さかさまにのぼせるゆえ、さかさまにのぼするいきをぬく為に髪をそりたる故『さかいき』といふなり……
※伊勢貞丈『貞丈雑記』
それで月代と書いて「さかやき」と読むようになったのですね。
戦場で兜をかぶっていると、頭髪で頭が蒸れたり意識が朦朧としたりします。それを防ぐ目的で、武士たちは月代を剃ったのでした。
月代の歴史…… 戦の時、常にかぶとをかぶり気のぼせて煩う事あるによりて、頭の上を丸く中ぞりをしけるなり……
※伊勢貞丈『貞丈雑記』
ご存じ織田信長。すぐ熱くなってしまうからか、かなり剃り込むことで放熱効果を高めている?(画像:Wikipedia)
月代の習慣は平安時代末期からあったようで、例えば九条兼実『玉葉』にはこんな記述があります。
……其鬢不正、月代太見苦、面色殊損……
※『玉葉』安元2年(1176年)7月8日条
【意訳】その鬢(びん。側頭部の髪)は乱れ、(剃らずにのびっ放しの)月代は甚だ見苦しく、顔色を殊更に損なっていた。
また『太平記』にもこんな記述がありました。
……片岡八郎矢田彦七あらあつやと頭巾を脱いで、側に指し置く。実に山伏ならねば、さかやきの跡隠れなし……
※『太平記』巻五
【意訳】山伏に変装していた片岡八郎と矢田彦七が「あら、暑いなぁ」と頭巾を脱いだところ、月代を剃った跡で武士だとバレてしまった。
ちなみに当時は日常的に月代を剃っていた訳ではなく、戦闘時に限って剃り上げ、平時に戻ると再び総髪に伸ばしていたそうです。
やがて戦国時代になると戦闘が頻発したため、日常的に月代を剃るようになりました。
琉球(沖縄県)の古謡集『おもろさうし』には、薩摩国(鹿児島県)から攻め込んできた島津の将兵を「まへぼじ(前坊主)」とからかう歌詞があります。
……天下大いにみだれ、信玄・謙信などその外諸大将、合戦数年打続きたるゆえ常に月代そる事絶えずして、その後太平の世になりてもその時の風儀やまずして、今日に至るまで月代そる事になりたるなり……
※伊勢貞丈『貞丈雑記』
戦国乱世の気風は天下泰平の江戸時代に入っても重んじられ、凛々しい髪型として成人男性の間に広がりました。
公家や一定の職業(※)など、戦闘員でない者は前髪を残す総髪とする以外は、武士も農民も町人も職人も月代を剃るのが一般的になったのです。
(※)山伏、学者、医師、人相見、物乞い、浪人など。
要するに、みんな「カッコいい」から月代を剃り、それがいつしか成人男性の身だしなみとなったのでした。
月代は剃り方や広さによって個性を演出するファッションとなり、時代が下るにつれて幅が狭くなっていったそうです。
ちなみに頭髪が薄くなると剃っても頭皮が青くならず、一目でハゲと判ってしまいます。そのため、中には剃った部分を藍などで青く見せる者も現れました。
かくして月代を剃る習慣は、明治4年(1871年)8月9日に断髪令(正式名称:散髪制服略服脱刀随意ニ任セ礼服ノ節ハ帯刀セシム)が発せられるまで続いたのです。
終わりに
月代頭の蔦重。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。🄫NHK
月代スタイルまとめ 平安末期~明治初期まで行われた 成人男性のヘアスタイル 最初は戦闘時のみだった 戦国時代に入って常態化した 江戸時代に入って広く定着した今回はいかにも「お江戸」なヘアスタイル「月代(野郎頭、半髪頭)」について紹介してきました。平安時代から行われていたとは意外ですね。
そして当時の人々は、これを「乱世の気風を伝える、カッコいい髪型」と認識していたのも驚きます。
大河べらぼうに登場する皆さん(実在人物および中の人)がこの髪型をどう思っているのか、ぜひ聞いてみたいですね。
個人の感想ながら、横浜流星には蔦重のイメージしかないので、月代を剃った頭が大変よく似合って男前だと思うのですが……皆さんはどうでしょうか。
※参考文献:杉浦日向子 監修『お江戸でござる 現代に活かしたい江戸の知恵』株式会社ワニブックス、2003年9月
トップ画像:NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。🄫NHK
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