【べらぼう】ダサい?江戸時代の人はアノ髪型(月代)をどう思っていた?その語源と歴史 (1/5ページ)

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【べらぼう】ダサい?江戸時代の人はアノ髪型(月代)をどう思っていた?その語源と歴史

NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」も最終盤ですが、皆さんも楽しんでいますか?

余談なのですが、視聴者の方よりこんなご意見をいただきました。

「江戸時代の人は髪型がダサ過ぎる。蔦重役の横浜流星がかわいそう」とか云々。

額の上から頭頂部まで剃り上げて、残った髪を後頭部で束ねるというヘアスタイルは、確かにインパクト強烈です。

なぜこのような髪型になったのか?今回はその謎に迫ってみましょう!

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月代の語源

兜を脱いだ内藤修理。髷をほどいた童髪になっている(画像:Wikipedia)

頭部の中央を剃り上げて両脇の髪を髷(まげ)に結う髪型は、剃り上げた中央部分(前頭部~頭頂部)の名前にちなんで月代(さかやき)と呼ばれます。

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