【べらぼう】写楽の絵で後世に…強烈なインパクトを残した“グニャ富”こと中山富三郎(坂口涼太郎)は何者? (1/2ページ)

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【べらぼう】写楽の絵で後世に…強烈なインパクトを残した“グニャ富”こと中山富三郎(坂口涼太郎)は何者?

第46回放送「曽我祭の変」で初登場し、個性的な演技で話題になった「グニャ富(ぐにゃとみ)」こと中山富三郎(なかやま とみさぶろう)。

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自分の容姿をあからさまに描かれたことで怒っていましたが、彼は一体何者だったのでしょうか。

今回は写楽の絵によってその存在が後世に伝わった、初代中山富三郎の生涯をたどってみたいと思います。

女性らしさを極めた結果……?

東洲斎写楽「中山富三郎の宮城野」

中山富三郎は宝暦10年(1760年)、敵役として有名な歌舞伎役者・市川幾蔵(いくぞう)の子として誕生しました。蔦重より10歳年少ですね。

元の名は中山松兵衛(まつべゑ)。初代中山文七(ぶんしち)・四代目松本幸四郎に弟子入りして芸道を歩み、17歳となった安永5年(1776年)に大坂の嵐七三郎座(あらし しちさぶろうざ)で初舞台に立ちました。はじめは若女房、やがて安永7年(1778年)には若女方へ進みます。

やがて21歳となった安永9年(1780年)に父と一緒に江戸へ下り、市村座で出演しました。

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