2026年大河『豊臣兄弟!』で注目の舞台──豊臣秀吉・秀長の主君・織田信長が築いた安土城とは?【前編】

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2026年大河『豊臣兄弟!』で注目の舞台──豊臣秀吉・秀長の主君・織田信長が築いた安土城とは?【前編】

2026年1月4日(土)、NHK大河ドラマは新たな幕を開きます。豊臣秀吉とその弟・秀長の生涯を軸に、彼らを取り巻く人々の波乱の人生と魅力を描く『豊臣兄弟!』がいよいよスタートします。

放送開始に先立ち、物語の舞台となる歴史の息づく地をめぐるプロローグ企画をお届けします。

本稿では、豊臣兄弟の主君・織田信長が天下布武の象徴として築いた伝説の城・安土城を取り上げ、[前編][後編]の2回に分け、その魅力に迫ります。[前編]では、安土城の概要を紹介しましょう。

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天下布武を見据えて築かれた安土城

琵琶湖の東岸に位置する安土城は、織田信長によって1576年(天正4年)から築城が開始されました。安土築城の1年前、日本史は大きな転機を迎えます。信長が第15代室町幕府将軍・足利義昭を追放し、室町幕府が約260年の歴史に事実上の幕を下ろしたのです。

江州安土古城図(Wikipedia)

しかし、京都を追われた義昭は中国の毛利輝元を頼り、さらに越後の上杉謙信などにも援助を要請して、執拗に信長へ抵抗を続けました。つまり安土城は、なお多くの敵対勢力が残る状況下で普請が開始された点にこそ、大きな意味があります。信長の視野には、この時すでに天下布武の終着点が確かな形で見えていたのではないでしょうか。

ちなみに、安土築城の3年前にあたる1573年(元亀4年)、豊臣秀吉は浅井長政を討った功績を評価されて琵琶湖畔の長浜城主となり、この頃から羽柴姓を名乗り始めています。また秀長は、各地を転戦していた秀吉に代わり、城代として長浜城の留守を預かっていたとされます。

長浜城模擬天守(Wikipedia)

そして、秀吉と並び織田政権で重きを成した明智光秀も、1571年(元亀2年)に坂本城の城主となっています。つまり安土城を中心に秀吉の長浜城、光秀の坂本城があり、あたかも両者が安土を固く守っている様で、この配置からの信長がいかに二人を信用していたかが伺い知れるのです。

坂本城跡の石垣遺構(Wikipedia)

安土城の基本理念は織田政権の象徴だった

標高199メートルの安土山に安土城が完成したのは1579年(天正7年)のこと。信長の掲げた「天下布武」の象徴として、また、織田政権の戦略・政治両面における中枢拠点として築かれました。

琵琶湖の内湖である西湖に面した安土城。(イラスト・香川元太郎)

現在では、安土城跡がある安土山は独立した丘陵となっています。しかし築城当時は、琵琶湖の内海(現・西の湖)に囲まれ、その地形を天然の広大な水堀として利用するとともに、港としての機能も備えていました。

安土は京都から陸路で約50キロ、琵琶湖を舟で横断すれば約30キロという至近距離に位置し、都にいったん変事が起これば、すぐに駆けつけることのできる絶好の立地でした。琵琶湖そのものを城郭機能の一部に取り込んだ安土城は、水路を活かすことで、大軍勢や大量の物資を迅速に京都へ輸送することが可能だったのです。

そのような安土城ですが、戦国期の城郭として決して完璧ではなく、明確な弱点も抱えていました。それは、何と言っても防御力の乏しさです。

大手門から真っすぐのびる大手道(撮影:高野晃彰)

通常、山城であれ平城であれ、大手門から本丸へ至る道は細く、曲がりくねるように設計されます。攻め手に対し、鉄砲や弓矢による横矢を効果的に浴びせられるよう工夫されていたためです。

しかし安土城では、大手門から本丸下の中腹付近まで、幅6メートルの道が約180メートルにわたり直線で伸びています。道の両側には前田利家や羽柴秀吉など重臣たちの屋敷が並んでいたものの、この区間には顕著な防御施設がほとんど見られません。

戦国時代の典型的な城郭構造に慣れている人にとっては、大手門跡から見上げるこの“無防備”な光景に強い違和感を覚えるのではないでしょうか。

織田信長(Wikipedia)

つまり、信長は安土城を従来の山城のような籠城するための要塞としてではなく、自らが生活しつつ政治的采配を振るう、織田政権の象徴として位置づけていたと考えられるのです。言い換えれば、安土城は信長にとっては自らの権威を人々に“見せる城”であったのです。

余談になりますが、こうした信長の考え方を示す史実が今に伝わっています。それが、安土城全体を提灯でライトアップしたり、100文の見学料を徴収して城内を一般に公開したという逸話です。

それでは[前編]はここまでとします。[後編]では実際に安土城に登城した体験をもとにレポート風にお届けしましょう。

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