朝ドラ「ばけばけ」“ヲトキさん”と実際に結婚!?松江中の生徒 小谷春夫のモデル、藤崎八三郎の生涯 (3/4ページ)
翌明治28(1895)年9月には松江尋熊本県の第五高等学校へ入学しますが、入営中のため登校できませんでした。
同年、神戸に赴任していた小泉八雲は「小豆沢八三郎」宛てに手紙を送信。そこには「藤崎中尉夫妻」と記載されていました。
この前後には、八三郎が結婚していたこと、そして陸軍中尉という要職にあったことがわかります。
そして特筆すべきことに、八三郎の妻の名前がヲトキさんと言われています。
ドラマをみている方はお分かりでしょうが、ヒロインの名前と同じなのです。小谷春夫の片思いは、これをモデルにしたようです。
明治29(1896)年、結局第五高等学校を退学。八三郎は陸軍士官学校へと進み、職業軍人としての道を歩むこととなりました。
この前後、八三郎は小豆沢家から藤崎家の養子となって改姓。藤崎八三郎と名乗っています。
八三郎はその後も順調に昇進して陸軍大佐にまで上り詰めます。
続いていた八雲との交流と晩年
立場と環境が違いながらも、八雲との交流は続いていました。
明治30(1897)年夏、八三郎は八雲とともに富士山に登山。のちの八雲作品(『東の国から』/「富士の山」等)に結びつく重要な外遊でした。
八雲との同行は展覧会図録や研究論文にも記載。同行者名に藤崎(旧姓小豆沢)と明記されることが多く、師弟の結びつきを示していました。
しかし密接な師弟の時間は、やがて終わりを迎えます。
明治37(1904)年2月、八三郎は日露戦争に際して満州に出征。同年の9月26日に、師である小泉八雲が病没しています。
死の間際に八雲は八三郎からの頼りに返書を認めていたと伝わります。