ペリーは提督ではない?“黒船”という名称も実際は…ペリー艦隊の誤解と意外なトリビアを解説 (3/4ページ)
17世紀前半の長崎におけるポルトガルのナオ。黒色で塗られているため黒船と呼ばれた(Wikipediaより)
また、ペリー艦隊についてもよくある誤解があります。来港した4隻すべてが蒸気船だったと思われがちですが、実際は蒸気船2隻と帆船2隻の組み合わせでした。
騙されたペリーまだあります。ペリーの航路についてですが、彼は太平洋を直接横断してきたわけではありません。
実際に彼が通ってきたのは、大西洋からアフリカ南端の喜望峰を回り、インド洋、東南アジア、中国を経由して琉球に到達するという長大なルートでした。
琉球での出来事も興味深いエピソードがあります。ペリーは首里城の正殿への入城を強く要求しましたが、琉球側の巧妙な対応により、実際には北殿に案内されました。
しかも、偽の行政機関と役人を用意して対応させたのです。ペリーはこの事実に気づかず、まんまと騙されてしまったのです。そんな、ちょっと間の抜けたところもあったんですね。