亀甲、独輪車、焙烙火矢…戦国時代に実在した“城攻め兵器”が想像以上にユニークで実戦的だった!
戦国時代の合戦は、野戦ばかりでなく城攻めも盛んに行われました。
一般的に城攻めに必要な兵力は籠城側の3~5倍と言われますが、ただひたすらに人海戦術で力押しするばかりではありません。より効率的に城を攻略するために、様々な攻城兵器を考案・活用していたようです。
今回は戦国時代の城攻めに使われた兵器の中から、特にユニークなものを紹介したいと思います。
※合わせて読みたい:
相撲、ギャンブル、鳥撃ち、女…戦国時代の武士たちは合戦中にどんな息抜きをしていたのか? 戦国時代、城主が自刃するような「落城」はほとんどなかった!?想像以上に地味だった落城劇の現実 亀甲(きっこう)とは
木枠に覆いと車輪をとりつけ、中に人が入って城に近づいていく兵器です。亀の甲羅を連想させることから亀甲と呼ばれ、形状によって掻楯牛(かいだてうし)とも呼ばれました。
進む時は鉄棒をオールのように使って押し進み、退却する時は木枠につないだ縄を、後方から引っ張り戻します。
上からの攻撃を防ぎつつ、城まで到達したら鉄棒で塀や石垣などを打撃。確実なところでは、加藤清正が朝鮮出兵時の晋州城攻略で採用しました。
なんと日本には戦国時代から戦車があった!加藤清正が発案、その名も「亀甲車」その威力のほどは? 独輪車(どくりんしゃ)とは一対の車輪をつないだ車軸に竹槍をびっしりとりつけた兵器だそうです。前進の際は竹槍を突き出して抵抗する敵を突き刺し、敵からの矢玉が飛んで来たら、竹槍を立てて防ぎました。
竹槍の代わりに竹束をとりつけ、防御に特化したものを車竹束(くるまたけたば)と言います。
持備(もちぞなえ)とは
三角柱の木枠に板を張りつけ、持ち運べる楯とした兵器です。竹束をとりつけたものは竹束牛(たけたばうし)と呼ばれました。
木枠の中には撞木が用意されており、城壁や城門までたどり着けたら横向きにして破城槌(はじょうつい)の役割を果たします。
鉄熊手(てつくまで)とは縄の先端に鉄製のカギ爪をとりつけ、カギ爪を引いて障害物を撤去したり構造物を破壊したりするために使われました。
クレーン車のように棹の先端にとりつけて使うこともあったと言います。
釣井楼(つりせいろう)とは
箱型の小屋を吊り上げ、城壁の上から攻撃を加えたり、城内へ乗り込むために使われました。
人を乗せることから頑丈な造りにする必要があり、重量があったため取り回しは大変だったようです。
行天橋(ぎょうてんばし)とは台車の上に梯子をかけ、城壁や石垣に接近しました。梯子を継ぎ足したり伸縮したりできるタイプは次橋(つぎはし)と言います。
釣井楼に比べてまったく防御がないため、死をも恐れず突き進んでいくしかありません。
焙烙火矢(ほうろくひや)とは
現代で言うところの擲弾筒で、火薬の力で大型の弾丸や石などを発射する兵器です。
形状によって別名を焙烙玉(ほうろくだま)とか棒火矢(ぼうびや)とも呼ばれ、着弾先で爆発したり炎上したりするものも開発されていきます。
終わりに今回は戦国時代に使われたという攻城兵器について、その一部を紹介してきました。
攻守ともに必死な中で創意工夫が尽くされ、こうしたユニークな兵器が生み出されていったのでしょう。
果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」ではこうした攻城兵器が登場するのか、楽しみにしています。
※参考文献:
川口素生『戦国時代なるほど事典』PHP文庫、2001年11月 『歴史人No.32 戦国城の合戦の真実』ABCアーク、2013年5月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan


