江戸時代の“戦わない武士”たちの実態──内職や借金に頼っていた、武士の深刻すぎる現実とは (2/3ページ)

Japaaan

むやみに刀を抜くことは、武士としての評価を下げる行為でした。

戦わない時代の武士の仕事

戦がなくなると、武士の役割は大きく変わります。年貢の管理、書類の作成、町や農村の見回り、裁判の補助など、仕事の中心は行政に移っていきました。

現代で言えば、役所で働く公務員に近い存在です。そのため、剣の強さよりも、読み書きや計算、公平に判断する力が求められるようになりました。

こうした変化に対応するため、武士の子どもたちは藩校などで学びました。朱子学をはじめとする儒学や、読み書き、そろばんなどを学び、「学問を身につけた武士」として育てられていきます。

江戸時代後半になると、武士は知識人・教育者としての役割も担うようになっていきました。

武士の給料は決して十分ではなかった

しかし、生活は楽ではありませんでした。武士の給料にあたる「禄」は身分によって決められていましたが、物価の上昇や出費の多さに対して十分とは言えないことが多かったのです。

とくに下級武士にとって、家族を養い、家を維持し、武士らしい身なりを保つことは大きな負担でした。

内職や借金に頼る武士たち

生活が苦しくなると、内職をする武士も増えていきます。傘作りや草履編み、子どもへの学問指導など、空いた時間を使って収入を補いました。文章を書いて報酬を得る武士もいました。

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それでも足りない場合、商人からお金を借りることになります。身分制度では武士が上とされていましたが、経済的には商人に頼らざるを得ませんでした。

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