2026年はなんと60年に一度の「丙午」年!謎の迷信“丙午生まれの女は男を喰う”が人生を狂わせた実例 (3/5ページ)
また、「お七火事」は、天和2年(1682)1月27日の火事と、同年12月28日、天和3年(1683)3月2日の火事(『天和笑委集』)説があり、どれかははっきりしていないともいわれています。
お七の処刑後には、井原西鶴『好色五人女』、人形浄瑠璃『八百屋お七歌祭文』、歌舞伎狂言『お七歌祭文』など、さまざまな作品が生まれています。
「丙午の女」に関する言説は、江戸時代前期の俳人・山岡元隣の俳諧集『身の楽千句』に「ひのえ午ならずば男くいざらまし」(ひのえうまの女性でなければ男を喰い殺すことはない)という一文があり、これが一番古い言説とされています。
ただの迷信が江戸時代から昭和まで続いた
「丙午生まれの女は男を喰う」という根拠のない迷信は、都市伝説のように尾鰭をつけながらも全国的に広まり、江戸時代を超えて明治時代にも受け継がれました。
明治39年(1906)の丙午の年では、前年より出生数が約4%減少。
“元日に生まれた女児の将来を案じる新聞記事”が掲載されたこともあるそうです。ただし、この前年は日露戦争で「父親が戦地に出向いていて帰国したのが丙午の年だったため、出生率が下がった」という状況も影響したようです。