【豊臣兄弟!】これは惚れる!織田信長の息子、信雄・信孝兄弟が実際に使っていたキャッチフレーズがカッコ良すぎ

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【豊臣兄弟!】これは惚れる!織田信長の息子、信雄・信孝兄弟が実際に使っていたキャッチフレーズがカッコ良すぎ

戦国乱世を駆け抜けた革命児・織田信長は「天下布武」のキャッチフレーズで知られています。

天下に武を布(し)く。武力をもって天下を平らげんとする信長らしい言葉と言えるでしょう。

ところで、信長の息子たちもそれぞれカッコいいキャッチフレーズを使っていたことは、あまり知られていません。

今回は織田信雄(のぶお/のぶかつ。信長次男)と織田信孝(のぶたか、信長三男)が使っていたキャッチフレーズを紹介したいと思います。

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織田信雄「威加海内」とは?

落合芳幾「太平記拾遺 北畠内府信雄」

これは「威(い)を海内(かいだい)に加ふ」と読み、その意味は「俺のカリスマで天下をビビらせてやる」と言ったところでしょうか。

海内とは海外に対する日本すなわち天下、威を加えるとは威をもって圧倒するようなイメージです。本能寺で非業の死を遂げた父の後継者として、天下人たる自負を誇示したかったのでしょう。

織田信孝「弌剣平天下」とは?

落合芳幾「太平記拾遺 神戸侍従信孝」

読みは「弌剣(いっけん)もって天下を平らぐ」。ざっくり「俺一人の実力で天下を統一してやる」と言った意味です。

弌は一と同じで、弌剣とは一振りの剣つまり「自分一人の実力」を示しました。親の七光りなんて言わせない、自分の実力で天下を獲ってやろうという心意気を示したのでしょう。

ちなみに長男・織田信忠は?

織田信忠(画像:Wikipedia)

信長に家督を譲られながら、本能寺の変で横死してしまった長男の織田信忠(のぶただ)は、こうしたキャッチフレーズを使っていません。

恐らく信長が生きていた間は、息子たちもあまりいきがった言動ができなかったのでしょう。

信長が死んで、その後継者候補と目された信雄と信孝が「我こそ信長の覇業を受け継ぐ者なり」とばかりアピール合戦を始めたものと考えられます。

秀吉と家康に翻弄された二人

『絵本太閤記』より、秀吉に擁立された三法師(織田秀信)

信長の死後、織田家の後継者選びをめぐって羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家が対立。信雄は秀吉、信孝は勝家に与した結果、信孝は勝家ともども敗死してしまいました(賤ヶ岳の合戦)。

秀吉に担がれて生き残った信雄も甥の三法師(信忠嫡男・織田秀信)に家督を奪われ、今度は徳川家康に泣きついて秀吉に対抗します。

かくして秀吉と家康が激突したものの、信雄が勝手に秀吉と和睦したことで家康は戦う理由を失ってしまいました(小牧・長久手の合戦)。

そんなことをしている内に織田家の勢力は秀吉に乗っ取られ、ついに織田家は天下人から豊臣政権下の一大名に転落してしまったのです。

「威加海内」の心意気はどこへやら……それでも信雄は寛永7年(1630年)まで生き永らえ、天寿をまっとうしたのでした。

終わりに

今回は信長亡き後を継ごうとした織田信雄・織田信孝のキャッチフレーズについて紹介してきました。威加海内と弌剣平天下、皆さんはどっちがお好みですか?

果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、織田信雄・織田信孝を誰が演じて、どのような活躍を魅せてくれるのでしょうか。今から楽しみにしています!

※参考文献:

川口素生『戦国時代なるほど事典』PHP研究所、2011年8月

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