「司馬遼太郎が坂本龍馬を有名にした」は誤解——実は戦前から教科書に載り龍馬人気は存在した (2/4ページ)

Japaaan

昭和十八年、つまり一九四三年の国定教科書『初等科国史』には、「土佐の坂本龍馬らの努力」と明確に書かれたりしているのです。

つまり司馬遼太郎の作品が世に出るよりも前から、龍馬人気は存在していたということです。司馬は、ヒーローとしての龍馬を、自作で再び取り上げたにすぎません。

歴史教育の方針にあわせて

一方で、龍馬の名前が教科書から消えた時期もあります。これはなぜでしょう。

戦後、一九五〇年代の教科書では、龍馬だけでなく幕末志士全体の記述が大幅に減少しました。

薩長同盟も大政奉還も、人物名の記載を避けて「薩長の緊密な連合」「三藩の連絡」といった抽象的な表現にとどまっていたのです。

岩倉具視や西郷隆盛・木戸孝允・山内容堂・徳川慶喜など、今では歴史の本に必ず登場する人物名も、当時はほとんど載っていなかったのです。

将軍在任時の徳川慶喜(Wikipediaより)

この変化の背景には、戦後の歴史教育の大きな転換がありました。

もともと戦前の歴史教育は人物中心で、英雄的な叙述が多かったため、自然と英雄史観じみた記述が多くなっていたのです。

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